小説目次
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件名:召集
送信者:ワイズマン
本文:
作戦準備完了。
このメールを受信しだい、
いよいよ作戦開始を告げるメールがワイズマンから届いた。
タウンに行くと、前回に比べ、集まっているPCたちの数がぐっと少ないことに気付いた。
「リョースが手空きの者たちをつれて囲い込みの為の準備をすすめているんだ」
僕の怪訝な表情を読み取ってワイズマンが説明してくれた。
そういえばリョースや豚走隊メンバーらの姿もない。
「――行動パターンを解析した結果、『波』の出現には偏りがあると判明した。そこで、出現頻度の高いエリアに、あらかじめ彼らを配置する。『波』の出現と同時に包囲を開始し、ワクチンを用いて『波』の行動範囲を制限する」
全員がそろったところでワイズマンが言った。
「現在、リョースが別働隊を率いて囲い込みの為の陣形を整えている。カイト、君は、
の最下層で待機してくれ。――海面に獲物を追い込むシャチのように」
僕はうなずいた。
「さて、カイト。今回の作戦名は?」
ヘルバがたずねた。
もう言いよどんだり噛んだりすることは無かった。
「オルカ作戦――開始します!」
行くぞ、ヤスヒコ。
いよいよ正念場だ。最後の追い込みだ。
お前の名前を冠した作戦で敵を追撃するんだ。
僕とブラックローズとバルムンクは、指定されたエリアに潜った。
ワイズマンからの連絡が入った。
「間もなく『波』がそちらにいく。充分に注意しろ!」
「了解!」
だが、最深部に到着したとき、そこには今までの八相のような異形モンスターはいなかった。
「待て。何かいるぞ!」
バルムンクが叫んで注意を促した。
そこにいたのは、ミアとエルクの二人組だった。
ミアが膝を抱え込むようにして座り込み、その横にエルクが膝をついている。
おや、と僕は思った。エルクは確か、リョースの組に入って囲い込みの陣を作る作業にあたっているはずなのに。どうしてここにいるのだろうか?
そう思ったとき、ミアが言った。
「エルク。僕は誰なんだろう」
消え入りそうな声だった。
「ミアはミアだよ」
「記憶がないんだ。『The World』……。ボクにはここしかない。ここにいるとき以外の記憶がない」
「ミア?」
突然、ミアは頭を両手で抱えて立ち上がった。
「嫌だ、やめてくれ。やめて……。ボクはボクのままでいたいんだっ」
その悲痛な叫びに僕は思わず彼らに近寄ろうとした。
「来るな!」
僕たちの方をちらとも見ずにミアが叫んだ。そしてつぶやいた。
「エルク。見ないで……」
そのミアの体から光が放射状に放たれ、僕たちのいるダンジョン最深部に広がった。
その光の中で僕は見た。
ミアの体が崩れ、変形し、巨大な怪物になっていくさまを。
「データ増大! 来たぞ、戦闘態勢をとれ!」
ワイズマンの連絡が入った。
「なんてこと……」
ブラックローズがかすれ声でつぶやいた。
もう疑う余地はなかった。
ミアは八相の一つなのだ。
ミアが敵だったなんて。でも今から思えば思い当たる節は確かにあった。
ミアと初めて会ったとき、ミアだけに僕の腕輪が見えていた。
データ異常でタウンがおかしくなったとき、その影響を受けるようにしてミアも不調になった。
エリアの調査を行ったとき、その元凶は見つからず、ミアと出会った。
今、ミアはこれまで闘った八相と同じサイズの巨体に膨れ上がると、肉色の球体と化した。なぜか爆裂する、というイメージに囚われて、僕は思わず後ずさった。そうはならなかった。その球体は花が咲くようにゆっくりと開き始めた。ノイズが奔り、地面が揺れた。
花のように開いたその中心部に、人間の上半身が付いていた。花の中に座る妖精のような、そのモンスターが口を大きく開き、咆哮した。
その途端、衝撃波が発せられ、僕たちはとっさに姿勢を低くした。
一番近くにいたエルクは花の怪物に駈け寄ろうとしたところを衝撃波で打たれ、吹き飛んだ。
「エルク!」
僕は彼に駈け寄ろうとしたが、バルムンクにとめられた。
「気をそらすな! 構えろ!」
その言葉が終わらないうちに、かつてミアだったモンスターが飛び掛ってきた。
戦いは熾烈を極めた。
できれば倒したくない、などと言っている余裕などなかった。ほんの少しでも手を抜いたら、その瞬間に僕は昏倒させられていただろう。
けれど長い戦闘の果てに僕の右手に腕輪が出現し、データドレインの光の矢を放った。
ミアだった怪物はその光に直撃され、データを吸い取られ始めた。文字列は「マハ」と読めた。
それがミアの八相としての名前なのだろうか。
マハはふたたび咆哮をあげたが、それは単なる断末魔の叫びだった。
そのまま崩れ落ち、その体が光に包まれたかと思うと、また猫PCミアの姿に戻っていた。
「ミア!」
僕たちよりも早くエルクがミアの元へ走った。
彼はマハの衝撃波を受けて一時気絶していたらしかった。
ぐったりと力なく横たわるミアの傍らでエルクは杖を振り上げ、回復呪紋リプスを唱えた。
しかし呪紋の効果は無く、ミアの表面には細かい無数のひび割れが走り始めた。
彼らに近寄ると、エルクはきっと顔を上げて僕を睨んだ。
「ミアに……ミアに何をしたんだっ!」
ミアがささやいた。
「エルク……ありがとう……」
その言葉を最後に、ミアの身体は粉々に砕け散った。その破片は形も残さずに焼結した。過去に倒した八相と同じように。
エルクはいつまでも呆然とその場に座っていた。
だが僕が声をかけるとエルクは弾かれたように立ち上がった。杖を構えている。
「エルク。ミアは……」
「僕に構うな!」
憎しみのこもった声で怒鳴ると、エルクは転送して消えた。
「カイト――」
ブラックローズが言った。
「気に病むな。俺たちはやらなければならないことをした」
バルムンクが言った。
それはわかっている。それはわかっているが、このやりきれない気持ちは何なのだろう。
僕は友達のオルカを救うために闘っている。
でもその結果、エルクは友達のミアを失った。
一体どうすればよかったんだ?
その時、通信が入った。リョースからだった。
「カイト、そちらにエルクはいないか?」
「彼なら、ついさっきまでここにいたけど」
盛大な舌打ちが聞こえた。
「くそ! ウィルスを持ったまま持ち場を離れやがった。包囲網が不完全になってしまった。このままでは追い込みが……」
「リョース? 聞こえないよ」
それきり、リョースからの通信は途絶えてしまった。
(続く)