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件名:調査
送信者:リョース
本文:
汚染が進んでいるエリアがある。
至急調査せよ。
ワードは、
リョースからの指示のメールを受けた僕とブラックローズは、カルミナ・ガデリカからそのエリアへと急いだ。
「ねえ、このままでいいのかなあ」
途中、ブラックローズがいつものようにぼやいた。
「やっぱりあいつにこき使われてるだけって感じがする」
「仕方がないよ。僕たちには、手持ちの情報があまりにも少なすぎる。リョースはシステム管理者なんだし、ひとまず彼の側について行動するのが得だと思うよ」
僕は何度目かになるなだめの言葉を口にした。
「そうはいうけどさ。あたしちょっと思い出したの。この間のリョースとヘルバのやりとり」
彼女はさらに言った。
「リョースもあたしたちと同じでほとんど何も知らないんじゃないの?」
「そんなことは……」
ない、とは僕にも言い切れなかった。
「それよりか、いっそのこと、ヘルバの方についたほうがいいんじゃないのかなあ」
ブラックローズがいささか乱暴なことを言ったとき、僕たちは目的のエリアに到着した。
夕暮れの空。不気味な緑色の亀裂が入り、焼け焦げたような赤い染みがそこら中に転々と散らばっていた。
中空にはデータ数列が漂っている。
僕とブラックローズは雑談を即座に切り上げて身構えた。
この雰囲気は、死神と遭遇したときと全く同じだ。
「ブラックローズ、気をつけて」
僕は周囲を油断なく見回しながら言った。
「カイト、でもこれって……死神はもう倒したはずじゃ?」
空間にノイズが走り、突如として、大きな影が奔った。
「来るぞ!」
僕はふたつの双剣を握り締めた。
あの恐ろしいトラウマの塊のような死神との闘いが頭の中でフラッシュバックしていた。
あの時はバルムンクがパーティーに加わっていたから何とかしのぐことができた。
でなければ、僕とブラックローズもまた意識不明者の仲間入りしていたことだろう。
またここで死神と闘わなくてはならないのか? あいつはもう倒したんじゃないのか? 僕とブラックローズだけで太刀打ちできるだろうか?
いろいろな疑問が頭の中をぐるぐる巡り、その全てに明確な答えを見出せないままに、戦闘が始まった。
影を翻し、僕たちの前に出現したそれは、あの恐怖の死神――ではなかった。
それはなんと表現していいのかわからないモンスターだった。
大きさや身にまとっている雰囲気は確かに先の死神と共通するものがあった。
だがその外見は、一言でうまく言うことができない。むりやり言うのなら、どこかの壁画をくりぬいて運んできたようなもの。
「なんなの、こいつ。わけがわからない……」
ブラックローズがひきつった声でうめいた。
「やるしかない、ブラックローズ」
僕は決死の覚悟で叫んだ。
あっさり勝った。
その壁画モンスターはときおり残像をひくほどの猛スピードで動き回り僕たちを惑乱したが言ってしまえばそれだけだった。先の死神よりも数段劣ると感じた。
ダメージを与えて弱らせた後にデータドレインを当てると、先の死神と同様に、文字列から名前を読み取ることができた。それは「イニス」と読めた。
その後、とどめの一撃を与えると、壁画モンスターはやはり死神のときと同じようにどろどろに溶けて消えてしまった。
「あたしたち、ひょっとしたら強くなってるのかもね」
僕も思っていたことをブラックローズが口にした。
「そうだね。このところ、リョースの指示でずっと闘い続けてきたからね」
僕たちは強敵っぽい雰囲気を持つ敵をあっさり片付け、安堵の気持ちで一杯になった。
僕とブラックローズは穏やかに笑いあった。こんな気分になったのはネットでもリアルでも久しぶりのことだった。
だが、それも、カルミナ・ガデリカに戻ってリョースの仏頂面と再会するまでだった。
タウンは一変していた。
PCはおろか、NPCの姿が消えていた。
通常通りのBGMが流れていて、それが逆に不気味だった。
「しでかしてくれたな」
ただ一人、リョースだけが待ち構えていて僕たちを睨みつけた。
「リョース。これは一体……? 他のPCたちは?」
「タウンのデータが安定を保てなくなっている。危険だったので、強制シャットダウンした」
口の中で小さくつぶやくのが聞こえた。
「またクレームが増える……」
そして大きな声を出した。
「君たちは一体何をしてくれたのだ! 私は調査しろと言ったんだぞ!」
「そんな。あたしたちは今までどおりにしただけよ」
ブラックローズが答えたが、その語調にはいつもの強がりはなかった。目の前の光景にショックを受けたせいだろう。
「いいか、指示があるまではもう動くな。これは命令だ!」
リョースはそう言うと転送して消えた。
後に残された僕たちはいつまでもゴースト・タウンのような無人の通りに立ち尽くしていた。
(続く)