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第47話

ワイズマンから二通のメールが届いた。黄昏の碑文に関する膨大な量のテキストだった。一度読んだ後、頭から通して何度も繰り返し読み直した。

件名:黄昏の碑文①
送信者:ワイズマン
本文:
遅れてすまない。
約束通り、黄昏の碑文に関するメールを送る。
前もって言っておくと、これは私が調査した事柄に私自身の見解を付け加えたものだ。
だから真実であるという確証はない。
黄昏の碑文とは、『The World』のゲームの基になった『らしい』叙事詩であり、物語の下敷きだ。
表題は『EPITAPH OF THE TWILGHT』という。
作者はエマ・ウィーラント。すでに故人だ。享年二十八歳。
彼女はドイツ人で、つまり、黄昏の碑文のオリジナルはドイツ語だったということだ。
彼女個人のホームページでWeb小説としてごく短い間公開されていた。
内容そのものはもう一通のメールで送るから、そちらを確認してくれ。
ここでは簡単に触れるだけに留めるが、要は正統派のファンタジー小説を想像してもらえばいい。
世界を破滅に導く『禍々しい波』と闘う『光』と『闇』の連合軍、そして『波』から世界を救うと予言された『夕暮竜』の探索をする、ふたりの半精霊とひとりの人間の物語『とされている。』
らしい、とか、されている、という表現が多いのは、黄昏の碑文のオリジナル、原文は失われてしまっているからだ。
『The World』が始まった頃には、ゲームの世界観の基になったweb小説があるらしいという噂が立ち始めた。
だがその時にはすでにエマのサイトは閉鎖されて黄昏の碑文を確認することができなくなっていた。
この噂の信憑性を裏付ける説として、『The World』の前身『fragment』をほとんど独りで創ったという天才プログラマー、ハロルド・ヒューイックと、生前のエマは交流があった、というものがある。ハロルドのほうがエマに対して片思いしていたという話もある。
もはや真相は突き止めようもないが……
とにかくそういうわけで、現在でまわっている黄昏の碑文は、誰か有志のファンが黄昏の碑文をコピーしたものといえるだろう。
エマのサイトにはコピーペースト不可の処理がかけられていたそうだから、すべて手打ちで写し取ったということになる。
ネットで拡散したその英語訳を拾い集めて可能な限りまとめ、さらに日本語に翻訳しなおしたものが、次のメールに記したいわゆる通説版黄昏の碑文というわけだ。
では、くだくだしい前書きはここまでにしよう。
真贋は別にして、精霊と魔物の戦いの詩を味わってくれたまえ。
件名:黄昏の碑文②
送信者:ワイズマン
本文:
夕暮竜を求めて旅立ちし影持つ者、未だ帰らず
ダックのかまど鳴動し、
ダックの女王ヘルバ、ついに挙兵す
リョースの王アペイロン、呼応して
両者、虹のたもとにまみゆ
共に戦うは忌まわしき“波”
アルバの湖煮え立ち
リョースの大樹、倒る
すべての力、アルケ・ケルンの神殿に滴となり
影を持たざるものの世、虚無に帰す
夕暮竜を求めて旅立ちし影持つ者、永久に帰らず

“波”に蹂躙されし麦畑に背を向けて
影持つ娘のつぶやける
“きっと、きっと帰るゆえ”
されど、娘は知らざるなり。
旅路の果てに待つ真実を。
彼女らの地のとこしえに喪われしを

指が月を示しとき
愚かなる者
指先を見ん

系の改変、あたわず
我ら、その機会をすでに失してあり
残されし刻の、あまりに少なきゆえに
我ら道を過てり
今にして思う
我らが成すべきは系の変更にあらず
個の変化なりしかと

天を摩す”波”視界を覆いて余りあり。
遍在する力に抗すべくもなく、
影なきものたちただ嘆息す。
なにゆえに”波”なるか。
せめて波濤はとうのひとつもあれば
一矢報いんものを

竜骨山脈を越えしおり
一同、人語を解する猿に出会う。
その猿の問うていわく、
“汝につきまとうものあり?
そのもの、およそ汝には耐えがたく
受け入れがたきものなり。
されど、汝とは不可分の
そのものの名をとなえよ”と

禍々しき波の何処に生ぜしかを知らず。
星辰の巡りめぐりて後、
東の空昏くらく大気に悲しみ満ちるとき
分かつ森の果て、定命の者の地より、波来る先駆けあり。
行く手を疾駆するはスケィス。
死の影をもちて、阻みしものを掃討す。
惑乱の蜃気楼たるイニス。
偽りの光景にて見るものを欺き、波を助く。
天を摩す波、そのかしらにて砕け、滴り、新たなる波の現出す。
こはメイガスの力なり。
波のおとなう所希望の光失せ、憂いと諦観の支配す。
暗き未来を語りし者フィドヘルの技なるかな。
禍々しき波に呑まれしとき策をめぐらすはゴレ。
甘き罠にて懐柔せしはマハ。
波、猖獗しょうけつを極め、逃れうるものなし。
仮令たとい逃れたに思えどもタルヴォス在りき。
いやまさる過酷さにて、その者を滅す。
そは返報の激烈さなり。
かくて、波の背に残るは虚無のみ。
虚ろなる闇の奥よりコルベニク来るとなむ。
されば波とても、そは先駆けなるか。

七姉妹のプレアド、人に恋せしゆえに、
影持つ身となり、ダックを追放さる。
もって、堕ちたるプレアドと呼ばるなむ。
流浪の果て、アルケ・ハオカーに隠栖す。
されど、その日々、つづかず。
再会のありやなしや。
プレアドの姿消え、波の先駆け来たる。

……君たちが遭遇したモンスターは、碑文に記されているスケィス、イニスである可能性が高い。これ以上は安易に推測すべきではない。伝説のハッカー、へルバとコンタクトを取ることを勧める。

黄昏の碑文に関するメールを受け取った後、僕たちはカルミナ・ガデリカのカオスゲート前に集まった。
つまり、僕と、ブラックローズと、ワイズマン、そしてバルムンクだ。
僕は新しく仲間になったバルムンクを二人に紹介した。

「――ブラックローズ。これまでの俺の言動で、お前も不快な気分になったと思う。すまなかった」

バルムンクは深々と頭を下げた。そこまでしなくてもと思ったが、それが彼の実直な人柄であり誠実さの現れなのだろう。
軽はずみな人付き合いはしない。その代わり、向き合うとなったらとことん向き合う。僕には全くないアビリティだ。

「今までの非礼を許してほしい」

「いいよ、そんなの。あたしたちもさんざんあんたの陰口言ってたからさ」

ブラックローズは少し顔を赤くして手をぱたぱた振った。
あたし『たち?』
僕はそう思ったが余計なことは言わないでおいた。

「おあいこってことで。これからよろしく」

ワイズマンはいつものように穏やかな表情でバルムンクを迎えた。

「『フィアナの末裔』蒼天のバルムンク。噂はかねがね耳にしているよ。会えて光栄だ」

と、彼は言った。

「ところで君たちは、『The World』の例の噂話について調べていたらしいね。その話をぜひ聞かせてほしいものだ」

バルムンクの表情が曇った。

「俺が相棒のオルカと噂を調べていたのは、その真相を突き止めるためではなく、噂が噂でしかないということを証明するためだった。しかし、ある時、奇妙な部屋を見つけた。明らかに異質で、異様な空間だった」

彼は僕を見た。

「オルカは言った―――モルガナ・モード・ゴン、と」

「モルガナ・モード・ゴン……!」

僕ははっとした。
それはネットスラムでヘルバが言った名前だ。

「その先は今度話す、と言ったきり、その連絡が途絶えた。そのあとについては、カイトたちが知っている通りだ」

「ふむ、『フィアナの末裔』蒼海のオルカが言い残した名前。それをヘルバが知っているとなると……」

ワイズマンは腕を組んだ。

「ヘルバは一連の事件の真相に極めて近い場所にいる。そう考えるのが妥当だろうな」

「よし、ヘルバにもう一度会いに行こう。これからネットスラムに行こう」

僕は言った。

「またあそこに?」

ブラックローズが顔をしかめた。
ネットスラムの住民たちに襲撃されそうになったことを思い出したのだろう。

「残念だがカイト。それは無理だ」

ワイズマンが言った。

「どうして?」

「先日のモンスターとの戦い後、ネットスラムへの連結が途切れてしまった。私が知っていたワードではもうネットスラムに行けない」

ワイズマンは首を振った。

「ヘルバがおそらく敵……『モルガナ』の追跡を危惧してネットスラムを移動させてしまったのだと思う。だから、いますぐ彼女に会うことはできない」

「そう……」

僕はがっかりした。

「それに、問題はもう一つあるよ」

ワイズマンが急に砕けたような言葉で言った。

「システム管理者のリョースには我々は動くなと言われている。ネットスラムヘの訪問は、それを無視することになるね」

「リョースの立場はわかるけど、彼の言う通りにしていたら、事件は解決できないと思う」

僕は考えながら言った。

「みんな。ちょっといいか?」

バルムンクがおむもろに口を開けた。

「実は――俺のところに、ヘルバからメールが届いている」

「なんですと?」

ブラックローズが素っ頓狂な声を上げた。

「ちょっと待ってくれ。今、転送する」

件名:祝福
送信者:ヘルバ
本文:
和解成立おめでとうと言っておくわ。
ところで、このエリアのデータ容量が肥大しているようね。

シグマサーバー 逆巻ける 不信の 氷壁

何者かが潜んでいるのかもしれない。
あなたの新しい仲間と一緒に調べてみたらどう?
夕暮竜の加護のあらんことを。

「なにこれ? どうしてヘルバが、あんたとカイトが手を組むこと知ってるわけ?」

ブラックローズが驚きの声を上げた。

「それに、夕暮竜って……黄昏の碑文に出てくるやつじゃない……」

「スーパーハッカーはすべてお見通しというわけだな……」

ワイズマンがつぶやいた。

「……ヘルバが言うのなら、きっと何か意味があるに違いないと思う」

と、僕は言った。

「では、どうする? 全員で行くか」

バルムンクが提案したが、僕は首を振った。

「いや、行くのは、僕と、バルムンクと、ブラックローズにしよう。三人でこのエリアを調査する。その間に、ワイズマンは、ヘルバと連絡をとれるようにしてくれる?」

「ふむ。心得た」

ワイズマンはうなずいた。

 

そして僕たちはこのエリアに行き、そこにいた敵を倒した。フィドヘルという名前らしかった。
さすがにもう五度目だから慣れたものだ。
いや、慣れないと困る。碑文が正しいのならば、敵は残り三体。まだようやく折り返したばかりなのだから。
それに、他にもまだ、クビアと、モルガナ・モード・ゴンとやらがいる。
ただ、今回の敵フィドヘルは少しばかり毛色が違った。データドレインを当てた後、唐突に詩のようなログが表示されたのだ。こんな内容だ。

 

蒼ざめた馬の疾駆するがごとくに
見えざる疫病の風、境界を超えゆく。
阿鼻叫喚、慟哭の声、修羅、巷に溢るる。
逃れうるすべなく、
喪われしものの還ることあらざる。
時の流れは不可逆なればなり。

 

断末魔にしては長い。どういう意図の演出なのかわからないが、余裕あるじゃないか、とも思う。
こっちはいつも一杯一杯だというのに。

 

(続く)