小説目次
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ワイズマンから二通のメールが届いた。黄昏の碑文に関する膨大な量のテキストだった。一度読んだ後、頭から通して何度も繰り返し読み直した。
黄昏の碑文に関するメールを受け取った後、僕たちはカルミナ・ガデリカのカオスゲート前に集まった。
つまり、僕と、ブラックローズと、ワイズマン、そしてバルムンクだ。
僕は新しく仲間になったバルムンクを二人に紹介した。
「――ブラックローズ。これまでの俺の言動で、お前も不快な気分になったと思う。すまなかった」
バルムンクは深々と頭を下げた。そこまでしなくてもと思ったが、それが彼の実直な人柄であり誠実さの現れなのだろう。
軽はずみな人付き合いはしない。その代わり、向き合うとなったらとことん向き合う。僕には全くないアビリティだ。
「今までの非礼を許してほしい」
「いいよ、そんなの。あたしたちもさんざんあんたの陰口言ってたからさ」
ブラックローズは少し顔を赤くして手をぱたぱた振った。
あたし『たち?』
僕はそう思ったが余計なことは言わないでおいた。
「おあいこってことで。これからよろしく」
ワイズマンはいつものように穏やかな表情でバルムンクを迎えた。
「『フィアナの末裔』蒼天のバルムンク。噂はかねがね耳にしているよ。会えて光栄だ」
と、彼は言った。
「ところで君たちは、『The World』の例の噂話について調べていたらしいね。その話をぜひ聞かせてほしいものだ」
バルムンクの表情が曇った。
「俺が相棒のオルカと噂を調べていたのは、その真相を突き止めるためではなく、噂が噂でしかないということを証明するためだった。しかし、ある時、奇妙な部屋を見つけた。明らかに異質で、異様な空間だった」
彼は僕を見た。
「オルカは言った―――モルガナ・モード・ゴン、と」
「モルガナ・モード・ゴン……!」
僕ははっとした。
それはネットスラムでヘルバが言った名前だ。
「その先は今度話す、と言ったきり、その連絡が途絶えた。そのあとについては、カイトたちが知っている通りだ」
「ふむ、『フィアナの末裔』蒼海のオルカが言い残した名前。それをヘルバが知っているとなると……」
ワイズマンは腕を組んだ。
「ヘルバは一連の事件の真相に極めて近い場所にいる。そう考えるのが妥当だろうな」
「よし、ヘルバにもう一度会いに行こう。これからネットスラムに行こう」
僕は言った。
「またあそこに?」
ブラックローズが顔をしかめた。
ネットスラムの住民たちに襲撃されそうになったことを思い出したのだろう。
「残念だがカイト。それは無理だ」
ワイズマンが言った。
「どうして?」
「先日のモンスターとの戦い後、ネットスラムへの連結が途切れてしまった。私が知っていたワードではもうネットスラムに行けない」
ワイズマンは首を振った。
「ヘルバがおそらく敵……『モルガナ』の追跡を危惧してネットスラムを移動させてしまったのだと思う。だから、いますぐ彼女に会うことはできない」
「そう……」
僕はがっかりした。
「それに、問題はもう一つあるよ」
ワイズマンが急に砕けたような言葉で言った。
「システム管理者のリョースには我々は動くなと言われている。ネットスラムヘの訪問は、それを無視することになるね」
「リョースの立場はわかるけど、彼の言う通りにしていたら、事件は解決できないと思う」
僕は考えながら言った。
「みんな。ちょっといいか?」
バルムンクがおむもろに口を開けた。
「実は――俺のところに、ヘルバからメールが届いている」
「なんですと?」
ブラックローズが素っ頓狂な声を上げた。
「ちょっと待ってくれ。今、転送する」
「なにこれ? どうしてヘルバが、あんたとカイトが手を組むこと知ってるわけ?」
ブラックローズが驚きの声を上げた。
「それに、夕暮竜って……黄昏の碑文に出てくるやつじゃない……」
「スーパーハッカーはすべてお見通しというわけだな……」
ワイズマンがつぶやいた。
「……ヘルバが言うのなら、きっと何か意味があるに違いないと思う」
と、僕は言った。
「では、どうする? 全員で行くか」
バルムンクが提案したが、僕は首を振った。
「いや、行くのは、僕と、バルムンクと、ブラックローズにしよう。三人でこのエリアを調査する。その間に、ワイズマンは、ヘルバと連絡をとれるようにしてくれる?」
「ふむ。心得た」
ワイズマンはうなずいた。
そして僕たちはこのエリアに行き、そこにいた敵を倒した。フィドヘルという名前らしかった。
さすがにもう五度目だから慣れたものだ。
いや、慣れないと困る。碑文が正しいのならば、敵は残り三体。まだようやく折り返したばかりなのだから。
それに、他にもまだ、クビアと、モルガナ・モード・ゴンとやらがいる。
ただ、今回の敵フィドヘルは少しばかり毛色が違った。データドレインを当てた後、唐突に詩のようなログが表示されたのだ。こんな内容だ。
蒼ざめた馬の疾駆するがごとくに
見えざる疫病の風、境界を超えゆく。
阿鼻叫喚、慟哭の声、修羅、巷に溢るる。
逃れうるすべなく、
喪われしものの還ることあらざる。
時の流れは不可逆なればなり。
断末魔にしては長い。どういう意図の演出なのかわからないが、余裕あるじゃないか、とも思う。
こっちはいつも一杯一杯だというのに。
(続く)