小説目次
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次の日、一通のメールが届いていた。
会ったこともないPCからだった。
件名:データドレイン
送信者:ヘルバ
本文:
お前の素質、見せてもらった。
データドレインを放つ時、
お前の右手に宿った腕輪は姿を見せる。
その力を使えば、
モンスターのデータを置き換えることができる。
使い方さえ間違えなければ、この先、大いに役立つ。
いや必ず必要になる力だと言っておこう。
それと、おせっかいついでにもう一つ警告。
お前の行動は全て監視されている。
望むと望まざるとにかかわらず、この先、
お前は『The World』の台風の目となるに
違いない。
それが腕輪所持者の定めだ。
心してかかりなさい。
いい?
この「ヘルバ」というのは何者なのだろう。
僕の右手に
このゲームの仕様的に、メンバーアドレスを交換していないPCからは普通メールは届かないものではないのだろうか。文字化けのメールといい、こうも立て続けに奇妙なことが起こると感覚がおかしくなる。
ひとまずそのメールに返信する形で「あなたは誰ですか? 何を知っているのですか?」という質問文を送り返しておいた。返事が来るかどうかわからない。
それからBBSを確認した。
はっとした。
僕の書き込みが消えていた。
僕の質問があった箇所には、「※※※※※メッセージ削除※※※※※」というそっけないテキストが表示されているだけだ。
運営側に削除されてしまったらしい。
少し悩んだが、ブラックローズを呼んでレベル上げに協力してもらうことにした。
『The World』のルールに則って積み上げたパラメータ的な強さすなわちレベルというものが、ヤスヒコを襲った異変に対してどれほど有効なのかははなはだ疑問ではある。
疑問ではあるが、しかしレベルが高すぎて問題になることはないだろう。
レベル1のままではちょっとフィールドを歩くだけで「命がけ」になってしまう。活動に支障が出る。
ブラックローズなら、おそらく僕と同じくらいの初心者だから、足並みもそろえやすいだろう。
それともう一つ、謎のヘルバから名前を教えられたスキル、データドレインについても確認したかった。
そういう意味でも、同じ体験を共有している彼女に同行を頼みやすかった。
とはいえ、危険な冒険になる可能性はある。断られても仕方がないと思っていたが、ブラックローズはあっさり同意してくれた。
「――うん、いいよ。要はレベル上げだよね」
あまりにも簡単に言うので、ひょっとすると事情が飲み込めていないのかもしれないと思い、エリアに行く前に説明した。
友人のオルカが意識不明になっていること。
不思議な女の子がオルカに渡した本が、なぜか僕の手に出現したこと。
そのおかげで不思議なスキルが使えるようになったこと。
そのスキルで奇怪なウィルスバグを倒せること。
そして最後に、ウィルスバグにまた襲われることがあるかもしれないこと。
そう言ったことを噛み砕いて説明した。
「しつこいなあ。わかってるっつーの!」
僕の言い方が
「要は、その友達を助けたいってことでしょ? まかせときなさいって。初心者を導くのは上級者の義務なんだから」
まだそんなことを言っている。
「ありがとう。助かるよ。よろしくお願いします」
などと話をあわせておいて、僕たちは出発した。
カオスゲートでのワード入力は慎重に慎重を重ねて吟味した。
僕たちはどちらも初心者なのだから、無理は禁物だった。
レベル1~2程度のフィールドを走り回り、ダンジョンに潜って、敵モンスターを見つけてはデータドレインの試し撃ちをした。
「――データドレインって言うんだ。それ」
最初に遭遇したゴブリンにデータドレインを当てたとき、ブラックローズが不意に言った。
「ふーん。もうそんな名前つけたんだぁ……」
「いや。僕がつけたわけじゃないよ。メールにそう書いてあったんだ」
僕はあわてて言った。別にあわてる必要はなかったのだが。
データドレインを繰り返して使ううちに、その性質がなんとなく飲み込めてきた。
このスキルを使うためには、まず相手をある程度弱らせる必要がある。『The World』の仕様に乗っ取った戦闘を行い、モンスターのHPをそれなりに削らなければならないのだ。
その代わり、一度発動さえすれば、データドレインは必ず標的に命中する。そして命中したモンスターは例外なく弱体化される。完全に無力にすると言ってもいい。
ただ、データドレインの当たったモンスターを倒しても、経験値がほとんど手に入らないということがわかった。これは予想外だった。
つまり、データドレインは強力無比なスキルではあるが、それに頼りっぱなしではいけないということだ。
二時間ほどエリアをうろつき、確認したいことをすべて一通り試してから、僕たちは元のルートタウンに戻った。
ブラックローズが指示と全然違うことをし始めたり(「ワンダーとかユニオンとか、どっちがどっちなのかわかんないわよ!」)、罠つきの宝箱を無造作に開けたりしてHPの残量が危うくなる、というタイミングはちらほらあったものの、二人とも死亡するということなく、まずまず無難に帰還することができた。
カオスゲートでブラックローズはなぜか元気がなくしょんぼりしていた。
「あのさ……」
彼女は言った。
「あたしが初心者だってこと、もうばれてるよね」
今さらか。僕は呆れたが、声に出さないようにして答えた。
「うん、まあ」
「何も言わずにずっと付き合ってくれたんだ」
「誘ったのは僕の方だし」
僕としては気にする必要はないというニュアンスをこめたつもりだった。
ところが彼女は顔をしかめた。
「そういうのってさ。逆に嫌味が過ぎるって言うか」
僕の方をふりかえって言った。
「嫌な奴! って感じ」
「なにそれ……」
その後、ブラックローズからメールが届いた。
こんな文面だ。
件名:特別なんだから
送信者:ブラックローズ
本文:
よくわかんないけど、あんたの話、
アタシは信じる。
ホントは忙しい身なんだけど、
暇な時はつき合ってあげるから
呼び出してもいいよ。
追伸
ところであんた、色変わったよね?
茹でたカニみたい。
言いたいことはあったが、ひとまず「ありがとう。これからもよろしく」とだけ返した。
(続く)