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「そういうわけで」
と、リョースは言った。
「諸君らには、該当エリアの調査を頼みたい」
「頼みたいだなんて言うけどさ」
ブラックローズがぼやいた。
「実質、強制じゃん……」
「何か言ったか?」
「なんでもない」
「あの、リョース。質問があるんだけど」
僕は割り込んで言った。
「このエリアには何があるの?」
リョースはむっつりした表情で首を振った。リアルで会ったときにはPCとの外見的な差に驚いたが、今こうしてみると不思議なほどなじんでいる。リョースの動きがリアルのリョースとシンクロしているように感じる。
「わからん。だからこそ、君たちに調査してもらいたいのだ」
と、彼は言った。
「昨日未明から、このエリアでデータ異常の反応がある。おそらく……ウィルスに侵食されたモンスターか、それに類する者が潜んでいる」
「それってウィルスバグってことでしょ。またそんなの相手にしなきゃいけないの?」
「何か問題でも?」
リョースはじろりとブラックローズを見た。
「君たちには君たちができることをしてもらう。それだけだ。では行きたまえ……」
カオスゲートに向かう途中、ブラックローズはさんざんリョースの悪口と文句を言った。
「まあ、そんなに言わなくても」
「カイトはいいの?」
「何が?」
「あたしたちって、ていのいい雑用みたいじゃない。リョースにこき使われて」
僕とブラックローズがリョースと「協力」して動くようになって半月ほどが過ぎようとしていた。
僕たちはリョースの指示の元で『The World』を冒険するようになった。
不審な箇所のあるエリアワードをリョースから伝えられ、僕たちが現場に向かい、後でそこで起きた事をリョースに報告する。
時にはウィルスバグと遭遇し、危険な戦闘になることもあった。
「でも、リョースにはリョースの考えがあるみたいだし」
僕はそう言ってブラックローズをなだめた。
ゲームの中の態度はあんなだけど、リョースとリアルで話をしたときには誠意のようなものを感じた。
僕のような子供の言うことなど、無視してしまえばそれまでなのに。彼はわざわざ会いに来て話を聞いてくれた。
なんていうか、リョースはリョースなりに責任をもって自分の職務を全うしようとしている。
少なくとも横暴で表面だけを見ているような大人たちと同類ではない、そう思ったのだ。
転送先のエリアはウィルスに侵食されていた。
これはまあ予想通りというか今までと一緒だ。
「ん。あれ……誰かいる?」
先を歩いていたブラックローズが足を止めた。
「やあ、比佐志BURIだね」
そう言って現れたのはミアだった。人とも猫とも兎ともつかない、男のような女のような謎めいたPCだ。
その後ろには
初めて出会ってから、何度か、彼らとは一緒に冒険したことがある。
もっともパーティーを組むことに積極的なのはミアのほうだけで、エルクは僕や他のPCと一緒に行動するのを内心歓迎していないようだったが。
「え? 今なんて言ったの?」
僕は聞きなおした。
「ごめん、居間KOTOBAが変に名るんだ。こ内だのノイズ事件から、僕の入力シ酢テムが時々おKAし苦なるんだ」
異変の思いがけない影響が出ているようだった。
「木ッ途、其のウチナ折るよ」
「読みづら! ルビがないと何を言ってるのかわかんないよ」
ブラックローズが言った。彼女も二人とはすでに面識がある。
「NEえ、君たち」
と、ミアが言った。
「このだんじょんの最深部まで逝くつもり貝? 腸怒よかった、墨たチもSOUなんだ。一所に逝こうYO!」
なりゆきで僕たちは一緒に行くことになった。
例によってエルクは僕たちが同行するのをこころよく思っていないようだったがまあ仕方がない。
ただミアだけが上機嫌にはしゃいでいた。文字化けの言葉で喋り続けていた。
「KOKOにはエノコロ草があるんだ。は焼く手に入れなきゃね」
「エノコロ草ってどういうアイテム?」
僕は前々から気になっていたことを聞いてみた。
「どんな効果があるの?」
「効果なん手ないよ。ただ集めてるだけなんDA」
ミアは言った。
「なぜかわからないけど、エノコロ草を見てると心が落ち着くんだ……」
「使い道のないアイテムって、ムダだって思ってる? ムダはね、必要なのさ」
ミアが続けた。
「ムダのないシステムなんて、実はとてももろいものなのさ。ムダの中にこそ、新しい扉を開く鍵がある……」
ミアの傍らを歩いていたエルクが声を上げた。
「あ、ミア。表示がなおってるよ」
「ほんとだ。元に戻った」
ミアがうれしそうに言った。
「あれはあれで面白かったけどね。でもずっとだと、ちょっと震度イ仮名」
「ああー。まだみたいだね……」
「卯ウ……(TT)」
その後、特に何事もなくダンジョンの最深部に到達した。
僕とブラックローズはそこでのたくっていたウィルスバグを倒し、ミアとエルクはエノコロ草を見つけて満足そうだった。
僕たちはルートタウンに戻ってから別れたが、ミアの文字化けはずっと治らないままだった。
「邪ゃあね、また!」
ミアは転送する直前まで手を振り続けた。
僕はおかしな既視感を覚えた。
手を振るミアの姿に、かつてのクラスメイトたちが重なった。
転校の当日、彼らは僕に向かって手を振った。もう二度と会えないとわかっているのに。
リョースのところに行って報告すると、彼は不機嫌そうな唸り声を上げた。
「それだけか?」
「はい、エリアのデータ侵食が進んでいて、最深部にウィルスバグがいたので倒しました。それで終わりです」
リョースはむっつりと黙り込んだ。
「何よ、気になることがあるんなら言いなさいよ」
ブラックローズが噛み付いた。
「いや……データ異常の数値の振り幅が、今までとは比較にならないほど大きかった。ちょうど君たちがフィールドに降りたった時だ。だから何事かが起きたのではないかと思ったのだ」
「でも、別に何もなかったですよ」
「転送してすぐに、ウィルスバグと遭遇しなかったか?」
「はい、モンスターと戦闘したのは……ダンジョンに降りてからです。はい、間違いないです」
リョースはなおもしばらく考え事をしているようだったが、やがてかぶりを振った。
「わかった。ご苦労だった。本日の任務は終了、解散だ」
(続く)