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『The World』を始めてから、つまりヤスヒコが倒れてから一ヶ月が過ぎようとしていた。
僕はゲームをプレイする傍ら、ネットを巡回して情報を集めようとした。徳岡さんから教えてもらった単語――「fragment」について深く調べようとした。
だが、詳しいことは何もわからなかった。
表面的な事柄については確かに知ることができた。この単語はおそらく、いや間違いなく『The World』のプロトタイプ『fragment』のことを指すのだろう。三年前、二〇〇七年に公開された『The World』のベータ版。稼動期間はわずか三ヶ月足らず。ユーザー数は一〇二四人……
しかし、それが、今僕の直面している出来事についてどんな関係があるのかと言われると、まるで見当がつかないのだった。
ネットの限界という奴だ。そこから先へ踏み込むには、実際に行動を起こして動き回るしかないのだろう。徳岡さんのように。
僕にはそんな余力はない。なんといっても僕はまだ義務教育を受けている中学生に過ぎないのだから。日々の勉強が終わった後でゲームの時間を捻出するだけで手一杯だ。
「適材適所」と、徳岡さんは言った。
確かにその通りだった。
僕にできることを、僕にしかできないことをやらなくては。
当面の問題は、両親が僕に対して懐疑的な目を向けはじめたことだった。
ゲームに没頭する僕をこころよく思っていないということを、彼らはことあるごとに意思表示しだした。
「夜遅くまでパソコンを弄ってるようだが」
と、父親は言うのだった。
「そんなに根を詰めなくていいだろう。ゲームなんだから」
「あんた、勉強やってる? テストが終わったからって気が緩んでない?」
と、母親は言うのだった
「今は大切な時期なんだから、ちゃんと勉強しなさいよ」
彼らがそのようなことを言い出したのは、まあ、電気代が跳ね上がったからだと思う。それについては申し訳ないと思うが、だからと言ってまるで包囲網をじわじわと狭めてくるような物言いには閉口させられた。
仕方がないのでとっておきの言葉を使った。
「周りがみんなやっているからね。少しでも遅れると、話題についていけなくなるんだ」
と、僕は無邪気な感じで言った。
「全く新しいクラスになじむのにも一苦労だよね」
彼らは気まずそうに目を背けて黙ってしまった。
転校の繰り返しで僕と妹に負担をかけてしまっている――これが両親の心理的ウィークポイントになっているということを僕は理解していた。その言葉は僕が思っていた以上に効果を発揮した。ゲームをやめさせようとする両親の小言はそれきりぴたりとやんだ。
(続く)