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その日、装備を整えるためにマク・アヌのショップを渡り歩いていると、バルムンクと出会ってしまった。
僕は背を向けようとしたが遅かった。
「待て」
その強い語調に僕は思わず足を止めてしまった。
だいたい僕は強い姿勢に出られると弱いのだ。
彼は身振りで僕についてこいと示すと、後ろも振り向かずに歩き出した。まるで僕が必ず従うとわかっているかのように。
僕は少し迷ったが、彼の後についていくことにした。
僕たちは雑踏を離れ、橋の下の川べりに出た。
バルムンクはそこで立ち止まると、振り返って僕をじろじろと見た。きつい目つきだ。僕は身がすくむ思いだった。
「また会ったな」
と、バルムンクは言った。
「お前、オルカのリアルでの知り合いだそうだな」
「知ってるも何も――」
僕は答えた。
「僕はアイツに誘われてこのゲームを始めたんだ」
「ならば、訊きたい。先日のサーバートラブル以来、連絡ができなくなっている。彼は今、何をしているんだ?」
僕はバルムンクを見た。今までの傲慢な雰囲気はなく、友人の安否を気遣う表情があった。
「……知らないの?」
「知らないからこうして訊いている」
「バルムンクは、オルカのどういう知り合い?」
「彼は」
バルムンクの眉がかすかにひそめられた。
「俺の相棒だ。俺たちは二人でパーティーを組んでいた」
僕はヤスヒコの操作するPCオルカのことを思い出した。
蛮族めいたあの巨漢の相棒だって?
僕はヤスヒコが意識不明になったあの日の出来事を話した。
不思議な少女と、それを追いかける怪物と出会ったこと。
怪物にオルカがデータドレインされてしまったこと。
少女がオルカに渡した本が、なぜか僕の手元に出現して、突然データドレインが使えるようになったことまで話した。
たちまちのうちにバルムンクの端正な顔の眉間に皺がよった。
「そんな大切なことをなぜ早く言わない!」
「言える雰囲気じゃなかった」
僕は言い返した。
前にバルムンクと会ったとき、余計なことを言ったりすれば僕に斬りかかってくるのではないかと思えたほど、彼は感情を
そのことを思い出したのか、バルムンクは右手を額に当てて大きく深呼吸した。しばらくそのままの姿勢で何か考え事をしていたが、やがて手を離して僕を見た。
その視線に再び厳しいものが――ありていに言えば敵意が――込められているのを僕は見た。
「なるほど……その話、どこまで真実かは知らんが」
「嘘なんか言っていない」
僕の反論をバルムンクは無視した。
「お前の腕輪の力――オルカを意識不明にしたものと同じものだということ、覚えておけ!」
その言葉に僕は息を呑んだ。白刃をつきつけられる思いだった。なぜなら、それは僕が繰り返し自問自答していることだったから。
「今はひとまず見逃してやる。オルカの知り合いということであれば、な。だが、お前が、チートなどのスキルでいい気になっているようなら」
バルムンクは僕に背を向けた。
「その時は必ず――斬る!」
そうして中央通りのほうへ歩き去っていった。
僕は川べりに一人残された。
「そんなこと……わかってるさ」
もうゲームを続ける気分ではなくなってしまった。
もうこのままログアウトしようとしたその時、後ろから声をかけられた。
「おちこんでる暇なんてなくってよ」
あわてて振り向くと、そこには女の呪紋使いPCがいた。
今、呪紋使いPCとは言ったが、それはなんとなく魔法使いのような格好をしているという第一印象からそう考えただけで、そのPCのモデルは僕がはじめて見るタイプだった。不思議な形のゴーグルをつけ、目を含めた上半分がすっぽりと隠されている。
「あ、あなたは……?」
上ずった声でたずねた。
僕がバルムンクに先導されてこの場所に来た時、ここには僕たちのほかには誰もいなかったということを思い出したからだ。
いつのまに、僕の後ろに回りこんだのか?
「敵か味方か(笑)、おせっかいな警告者」
彼女は言った。その声音には妙な威厳のようなものまで感じられた。
カーソルが相手に合い、キャラクター名がウィンドウに表示された。
ヘルバ……ヘルバ?
「あなたがヘルバ? メールをくれた?」
彼女はうなずいた。
「そうよ。でもそんなことより、リョースに気をつけなさい」
「リョース?」
僕は聞き返した。
「リョースは、システム側の人間。腕輪を持ったあなたはウィルス扱いよ」
小さく含み笑いをした。
「メールに書いてあげたでしょう。お前はつねに見られている、と」
なんて答えればいいのか、よくわからなかった。
「なぜ僕の手助けを?」
とだけたずねた。
「手助け? うふふふふふふふふ」
ヘルバはそこで含み笑いどころではなく明確に笑った。知っている者が知らない者に対して浴びせる笑い。つまり、優越と軽侮の笑いだ。
「どうかしらね。手助けしてもらうのは私のほうかもよ……」
それから特に挨拶らしい挨拶もせずに、転送していった。
チェシャ猫のような謎めいた笑いを残して、彼女は消えた。
(続く)