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第62話

件名: 重要事項
送信者:ワイズマン
本文:

タルタルガ老から重大と思われる話を聞くことができた。
彼はハロルドと思われる人物と会話したことがあるらしい。

Δデルタサーバー 輪廻する 煉獄の 祭壇

このエリアでハロルドと名乗る人物と話をしたのだという。
なにぶん古い話なのでタルタルガ老の記憶も曖昧になっているが、
エリアワードには間違いがないとのことだ。
君たち全員に情報を共有しておく。

 

ワイズマンからのメールが届いたのは学校で終業式が行われた日だった。

二十四日。冬休みの開始直前。世間ではクリスマスイブだ。しかし当然僕は浮ついた気持ちにはなれなかった。

最後の『波』の行方はわからないままだった。

ワイズマンからもらった情報は意外な内容だったが、現状を突き破ることができるのならどんな手がかりにもすがりつきたい。

僕はブラックローズとバルムンクを誘い、ワイズマンが教えてくれたエリアに向った。

その最深部では奇妙な空間に通じていた。

似たような空間は以前に見た記憶がある。

確か情報屋のリンダに教えてもらったエリアだった。

一面真っ白な空間。 地平線が見えるほど広々として何もない場所。

だが今回は小部屋のようなものがあった。ようなもの、というのは、建物の土台というか骨組みのような残骸しかなかったからだ。

その中央には不釣合いな石碑があった。いや、石碑というよりもまるで墓のような……

「そこにいるのは、誰だ」

不意に声が響き渡った。

  石碑の裏側をのぞきこんでいた僕とブラックローズはぎょっとして身構えた。

  しかし周囲には僕たちのほかには誰もいない。

「石だ」

バルムンクが冷静に言った。

「今の声は、その石から聞こえた」

石が喋っている?

まさか、これが……。

「我が名は、ハロルド」

石は重々しい声で言った。

ブラックローズが食って掛かった。

「『禍々しき波』はアンタの仕業ね? 元通りにしなさいよ!」

「否。時の流れは不可逆ゆえに。誕生か死か。今となってはいずれかしかない」

「なに言ってるの?」

「旅人よ、心せよ。夜明け前がもっとも暗いのだ、と」

その時だった。突然、僕の右腕が光を放ち始めた。腕輪が光っているのだ。

そしてその光に照らし出されるようにして、石碑の上に人影が現れた。

「アウラ!」

僕は叫んだ。

アウラは憂いを含んだ瞳で僕たちを見下ろしている。

「クビアは影」

アウラが口を開いた。

「闇に光が灯る時、影が生まれる。腕輪がこの世界に現れた時、クビアも生まれた」

初めて向かい合って聞くアウラの声。

今まで喋ることのできなかったアウラが言葉を発している。

「何……?」

ブラックローズが小声で言った。

「しっ」

僕はアウラの言葉に耳を傾けた。

「腕輪とクビアは同じコインの裏表」

と、アウラは続けた。

「だから……クビアを倒せば、腕輪もなくなってしまう」

「んな……」

ブラックローズがうなった。

「なにそれ? え? じゃあクビアは倒せないって事なの?」

アウラがはっとしたように空をあおいだ。

不意に地響きがしたのだ。

それはすぐに止んだが、その衝撃で小屋の枠組みが傾き始めた。

「むうっ」

バルムンクがすばやく剣を抜いて身構えた。

ふたたび、地響き。今度は長い。しかも揺れが弱まるどころかどんどん強くなっていく。

「クビアが……来た」

それだけ言うと、アウラの身体は薄れ、消えてしまった。

僕とブラックローズも遅れて武器を構えた。

地響きの向こうからすでに聞き慣れてしまった咆哮が響き渡ってきた。

石碑が、部屋そのものが砕け散り、次の瞬間、巨大なクビアが僕たちにのしかかるようにして姿を現した。

何度見ても慣れることができない、クビアの醜悪な顔が動き、僕たちをしかと見た。僕はクビアと視線がぶつかり合うのを感じた。そこにあるのは純粋な敵意だった。

自分の邪魔になるものを確実につぶす、今ここで完全に消し去るという意志。

いよいよクビアが最後の闘いを挑んで来たのだ。

クビアは小型のモンスター――「クビアゴモラ」という名前だった――を無数に出現させ、それで僕たちを足止めさせた上で、強大なスキルを打ち込んでくる、という戦法を取ってきた。

クビアゴモラはこちらの通常攻撃を無効化してしまうアビリティを備えていて、僕たちを徹底的に苦しめた。

またクビアの使う落雷スキルはとほうもない威力があり、油断すると一撃で全HPをもっていかれそうになった。

それでも、最後には僕たちが勝った。少なくとも、HPの削り合いでは。

ブラックローズとバルムンクの斬撃が同時に決まると、クビアは苦悶の声を上げて地面に沈み始めた。

ひょっとするとまた逃げ出すかもしれない――そんな考えが頭をよぎり、ぼくはいつでも追撃できるように構えをとかなかった。

予想だにしないことが起きたのはその時だった。

僕の腕輪が大きく光ったかと思うと、画面が激しく揺れ、クビアがふたたび起き上がり始めた。

まるで今までの激闘のダメージなどないかのように、再びクビアゴモラを召喚し始めた。

「なんなのあいつ? 回復してる? どうして?」

僕にはピンと来た。アウラの先ほどの言葉が頭をよぎったのだ。

「ブラックローズ――僕の腕輪を打て!」

「ええ? あんた、なんてこと言い出すのよ!」

クビアは僕たちとアウラを会わせたくない一心で現れた。

この事実を知られたくなかったから。

つまり……クビアを倒す方法。腕輪をなくせば、クビアを倒せる。

「クビアと腕輪が表裏一体なら、それで決着がつく!」

「だって腕輪は……腕輪がなくなっちゃったら……あんた……」

空に閃光が走りだした。クビアが落雷スキルを使うつもりなのだ。僕たちはもう消耗しきっている。今直撃されたら耐えられない。

「腕輪よりも、今、僕たちが危ない!」

僕は叫んだ。

その言葉で、ブラックローズは覚悟を決めた顔になった。

「わかったわよ! やるわよ!」

僕たちは互いに向き合った。

「でもあたしに壊せるの? それ」

「大丈夫、迷わないで」

僕は右腕を差し出した。

実際は僕自身も内心は迷っていたのだ。

腕輪を壊して大丈夫なのか?

そもそも壊せるものなのか?

無事に壊せたとして、本当にクビアが倒せるのか?

腕輪がなくなったら、その後どうするのか?

いくつもの疑問が僕の脳裏をよぎった。

だが僕はそれを押し殺した。

腕輪を破壊しなければ前に進めないというのなら――やるしかない。破壊するしかない。

助走をつけたブラックローズが大剣をフルスイングさせ、見事に僕の腕輪を一撃した。

その時、何かが砕け散る音を僕は確かに聞いた。

衝撃はいきなり来た。全身の神経が腕輪のあった箇所に向ってひっぱられるような激痛。

僕は思わずその場にうずくまってしまった。

その間にも腕輪はぼろぼろに砕け、剥がれ落ちていく。水面に落ちた花びらのように拡散し散らばっていく。

激痛で目がくらみながらも、僕は顔を上げた。

バルムンクがクビアゴモラをひきつけて闘うその向こう、上空にクビアの巨大な顔があった。

戦闘が始まったときと同様に異形の顔が僕を見つめていた。

次の瞬間、クビアの身体がデータ数列となってばらけた。

同時に、僕の腕の中で腕輪も消え始めた。

クビアと腕輪。互いに互いの反存在、相容れぬもの同士が、ともにデータの海に還っていく。

クビアの姿が見えなくなったところで僕は気を失った。

 

(続く)