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第53話

X件名:作戦参加者各位

送信者:ワイズマン
本文:

残りの波は四体。
これらとの戦闘では、波がいると思われるエリアと他のエリアを隔離する方法を提唱したい。
他エリアとの分断が、汚染拡大を防ぐ最も効果的な作戦であると考える。
具体的な作戦を話し合いたい。
ネットスラムまでご足労願いたし。

翌日、ワイズマンからのメールが届いた。僕はすぐにログインし、ネットスラムに向かった。

広場に到着すると、そこにはすでにヘルバ、リョース、バルムンク、ブラックローズ、それにワイズマンがいた。それに何人かの豚走隊メンバーとネットスラムの住人たち。

僕が一番最後だったらしい。

ブラックローズとワイズマンのレベルは、リョースに引き下げられる前の状態に戻っていた。ペナルティが解除されたようだ。

「――それでは始めよう」

ワイズマンが目配せし、ヘルバが前に出た。

「まず最初に、今回の一連の事件について、私が知っていることを話すわ」

そして彼女は語り始めた。

 

天才プログラマー、ハロルド・ヒューイック。

彼は、詩人エマ・ウィーラントと出会い恋をした。

だが彼女は二十八歳という若さで他界した。

そこでハロルドは故人をしのぶため、彼女の残した『黄昏の碑文』の世界観を元にネットゲーム『fragment』を創造した。『fragment』は『The World』に引き継がれ、今に至る……

 

「――しかし、ハロルドが『fragment』をデザインするにあたって、『黄昏の碑文』をモデルにしただけならば、そもそもこんな混乱は起こらなかった」

ヘルバは言った。

「エマ・ウィーラントに恋をしたハロルドは彼女の死後、その想いを形にしようとしたのではないか。私はそう考えている」

「なんだそれは」

リョースがいらだたしげに言った。

「もったいぶった説明はやめてもらおう。はっきり言え」

「彼が残したかったのは」

ヘルバはリョースの言葉に構わず先を続けた。

「彼とエマとの子供」

その言葉には僕ははっとした。思わずつぶやいていた。

「アウラ……!」

ヘルバが僕を見てうなずいた。

「子どもというのはもちろん比喩的な表現で、その実態はAI、つまり人工知性よ。人と同様に間違いさえ犯し学習を積み重ねる究極のAI。しかし……」

そこで彼女は少し言葉を切った。

「ハロルドには誤算があった。システムもまた女として、母として人格を持ってしまった。システムはAIを生み出すためだけに存在している。AIが誕生すればシステムは用済みとなる。だから彼女は娘の……AIの誕生を拒んでいる。システムに可能なありとあらゆる手段を使って。それがおそらく『The World』に起っていることの真相よ」

いつもよりさらに二割り増しの苦虫を噛み潰したような顔でリョースがうめいた。

「信じられん。そんなことが……」

そこから先は言葉にならないようだった。

それは僕も同様だった。他のみんなもそうだったに違いない。

信じられないような事柄。でもそう考えると、今までの出来事のほぼ全てにつじつまが合う。説明がつく。

「世の中で起きているネットワークトラブルは、システムとAIの争いの余波というわけだな」

ワイズマンが言った。 ヘルバと事前に打ち合わせをしていたのだろう。彼だけは今の話を聞いて衝撃を受けた様子がなかった。

「では、これからどうすべきか? 『波』とどのように闘うか? 具体的な行動について、ワイズマンに話してもらうわ」

ヘルバがそう言い、ワイズマンが咳払いした。

「では、ここから先は私が説明させていただく」

そうして彼は今回の作戦の概要を話し始めた。

ワイズマンの話しぶりは堂々としたものだった。これだけ大勢の前で全く気後れしていない。すごい。

「……作戦の概要に関しては以上だ。質問などがなければ、役割分担の説明に移る」

ワイズマンは続けた。

「リョースは豚走隊を指揮して『禍々しき波』の探索。ヘルバはネットスラムの者たちを率いて作戦エリアと他のエリアを分断する。私は、それらの情報のとりまとめを行う」

彼は僕を見た。

「カイト、君には実行部隊を編成して、『禍々しき波』と戦ってもらう」

僕はうなずいた。

「波の場所はまだ特定できていないが、でき次第、すみやかに作戦を開始する。各自、作戦実行まで準備を怠るな。実行時期はメールで知らせる。話は以上だ。解散!」

ワイズマンの言葉でミーティングは終わった。前半はともかく、ずいぶんあっさりしたものだったので僕は少し拍子抜けした。

嵐の前の静けさというやつかも知れない。

しかし――

僕はヘルバの説明を思い返した。

彼女の話には、どこかもやもやとするものがあった。どこか一つ、腑に落ちないところがあるような気がする。それはなんだろう?

考え込んでいると、ブラックローズが傍らにやってきて僕の脇腹をとんと小突いた。

僕の中で明確な形をとろうとしていたもやもやはどこかに霧散してしまった。

「何?」

「あんたのおかげだよ。ほら」

彼女は、ヘルバとリョース、そして豚走隊とネットスラムの住人たちを指差した。

「本当にシステム管理者とハッカーの手を組ませちゃうなんて。やるじゃん」

「みんな、内心ではそうするのが一番いいって思ってた」

と、僕は言った。

「僕はほんの少し、背中を押しただけだよ」

その「ほんの少し」>を実現するためにとほうもない労力を要したわけだが、僕はもちろんそんなことは言わなかった。あまりくどくど説明するといやらしくなっちゃうからな。

などと考えていると、ブラックローズが僕のわき腹を今度は強めにどすっと突いた。

「痛い……え、何?」

「なんとなく」

「なんとなく?」

 

(続く)