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第69話

この物語はもう終わっている。

僕に語ることはほとんど残されていない。

でも、ひとつだけ、最後の最後ともいうべき話がある。

それでおしまいにしようと思う。

件名:一緒に来て
送信者:エルク
本文:

アウラからメールが届いたんだ。
新しい命が育まれようとしているって。
そこへ、カイトと一緒に行くようにって。
こんなことをお願いするのは勝手かもだけど。
Ωオメガサーバー 隠されし 月の裏の 聖域
へ、僕と一緒に来て。

『The World』での最後の闘いから数ヶ月が経っていた。

僕は中学三年生になり、妹は中学二年生になり、ヤスヒコは無事に復学していた。

中学三年生とは要するに世間で言うところの受験生である。

必然的に『The World』へのログイン回数は減った。

まあむしろ今までが異常だったと言えなくもないけど。

とにかく僕はそのメール差出人の名前がエルクになっているのを見て驚いた。

最後の闘いの参加者の中で、唯一、彼は打ち上げに参加しなかった。

だから、僕はリアルの彼のことを一切知らない。

その彼が今、ゲームの中で助けを求めている。

僕はすぐにログインした。

いつものクセでブラックローズを呼ぼうとして、少し考えてやめにした。

もしエルクが僕だけにメールを送ったのなら、第三者がいると、彼のような人間にとっては負担になるかしれない。そう思ったのだ。

「来てくれて、ありがと……」

タウンで彼は既に僕を待っていた。

まぶしいものを見るように目をしばたたかせながらエルクが言った。

「アウラからのメールが、僕のところに届いたんだ。新しい命が育まれようとしているって」

エルクは僕に送ったメールと同じ内容のことを繰り返した。

「新しい命っていうのが……なんのことかは……わからないけど」

と、彼は目を伏せた。

「でも、行かなくちゃいけないって思って。それで……」

「うん。行こう」

僕は即座に言った。

新しい生命。アウラからの知らせ。予感のようなものはあった。

でも僕もエルクも、それを直接口に出すことは控えた。

僕たちはそれ以外のことをぽつぽつ話しながらダンジョンを降りていった。

なぜ『The World』を始めたのか。

何時ごろから『The World』を始めたのか。

普段『The World』で何をしているのか。

話が弾むような感じでは到底なかったが、なんとなく、ゆるやかに氷解していくものがあった。

エルクが僕と似ているような気がしたのだ。

おかしなものだ。僕は『The World』をしながら、いろんな人が僕と同じだと思っている。

ブラックローズ、バルムンク、ヘルバ……

どうもこのままゲームを続けると、僕は『The World』中の人間が実は僕と同じだということに気付いてしまいそうだ。

ダンジョンの最深部に到達したとき、そこには何もなかった。ボスモンスターも宝箱も何もなかった。何もないように見えた。

エルクが最初に気付いた。

「見て。あれ――」

エルクが天井を指差した。

巨大な木の実のようなものがそこにぶら下がっていた。

あるいは虫の繭のようなもの、と表現すべきだろうか。

ちょうどPC程度のサイズの、緑色の光に覆われたものがあった。

アウラがエルクを呼んだのは、あれのためだろうか。

でも、あれをどうすればいいのだろう。

そもそも、アウラはなぜ僕を同行させようとしたのか。

そこまで考えて、腕輪のことに思い至った。

僕はエルクを後ろに下がらせると、頭上の「木の実」に右手を向けた。

「強い力……使う人の気持ち一つで救い、滅び、どちらにでもなる」

アウラの言葉が思い出された。

僕は意を決してデータドレインを放った。データ数列の束は、「木の実」を包む光を吹き飛ばした。

エルクが息を呑むのがわかった。

うずくまるような姿勢で、人の姿がそこに浮かんでいた。

その姿には見覚えがあった。

「ミア!」

エルクが叫んだ。

そう、それはミアだった。八相マハとして僕たちと闘った猫PCのミアが、今、ふわりと地面に降り立ち――少しよろめいた。

エルクが駈け寄ってミアを支えた。

「君は……」

ミアがつぶやいた。ずっと眠っていて、たった今目が覚めたというような口調だった。

「君は……誰?」

「え? 僕、エルクだよ……」

エルクが悲痛な声で言った。

「わからないの、ミア?」

ミアは戸惑っているみたいだった。

「知らない……何も覚えてない……」

目をパチパチさせていたが、僕に気付くと、「おや!」というような感じで近づいてきた。

「――あれ、キミ?」

と、ミアは言った。

「珍しい腕輪しているね」

ミアは僕の右手をじっと見つめている。

僕とエルクは顔を見合わせた。

「……見えるの?」

と、僕は言った。

「もちろん。キミは、自分の素敵な腕輪が見えないの?」

返事に困っていると、猫PCは視線を上げて僕の顔を見た。

「目に見えなくても、そこにあるとわかってるなら、見えているのと一緒だけどね」

「……そうだね」

ミアは記憶を失っている。エルクのことも、僕と腕輪のやりとりをしたことも忘れてしまっている。だけど……

「エルク、大丈夫だよ」

僕はうつむいてしまったエルクに向かって言った。

「え?」

「だって、エルクがいるじゃないか」

僕の言葉にエルクはきょとんとしていたが、すぐに大きくうなずいた。

「僕? そうか……うん!」

エルクはミアの肩に手を置いた。

「僕は、ずっとミアと一緒だ。僕がいろんなことを思い出させてあげる。僕はエルク!」

「エルク……」

事情が飲み込めていないミアが首をかしげた。

「君はミア!」

「ミア……」

「僕たち、エルクとミアだよ!」

彼らを見ながら僕は思った。

うまくいく。きっとうまくいく。

問題なんかなにもない。

やってみたら案外大したことないよ。

これで僕の話は終わりだ。

電源オフ、そして電源オン、再起動リブート

今まで読んでくれた人たちに。

これから『The World』をプレイする全てのユーザーに。

みんなにアウラの祝福がありますように。

そして、良い世界の旅を!

 

(完)