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第61話

あと一週間で冬休みになる。

 

僕は奇妙な強迫観念に悩まされていた

今年中に事件を解決できなければヤスヒコはもう元に戻らない。土屋さんも、ブラックローズの弟も、こん睡状態の人たちは皆、回復できない……

そういうろくでもないやつだ。

何の理屈もない誤った観念だと自分でも思う。

でもそれは四六時中僕にとりつき、いても立ってもいられないような気分にした。学校で授業を受けていたり街中歩いていたりして、突然大声でわめき散らしたくなるような衝動に駆られたりした。

 

ゲームの中で、最後の波コルベニク、そしてクビアを見つけ出すことができないでいた。

システム管理者たちの離脱は、僕たちのグループにとてつもないダメージを与えていた。

索敵能力が極端に低下し、僕たちは敵の影を追うことさえできなくなってしまったのだ。

ヘルバの指揮によりネットスラムの住人たちが囲い込み要員として奮闘してくれたものの、戦力の損失は如何ともしがたかった。

苦労して大ボスとその手前のボスにたどり着いたというのに、僕たちは決定的な力を失ってしまったのだ。

「どうやら、『波』本体は相当慎重になっているようだ」

と、ワイズマンが言った。

「以前は、むしろ我々を挑発するかのように活発に動いていたが。八相のうち、七体までを倒されたわけだから、当然といえば当然か」

「だが、どうする? このままではいたずらに消耗するだけだ」

バルムンクがへたり込んでいるネットスラムの住人たちを見ながら言った。

「皆の疲労が激しい。一旦解散したほうがいいと思う」

そうすることになった。

「私はワクチンの改良を続けるわ」

別れ際にヘルバが言った。

「ワクチンそのものの性能を上げることで、隠れている敵をあぶりだせるようになるかもしれない……」

だが彼女自身その言葉を強く信じているというようでもなかった。

ブラックローズの落ち込み方は尋常ではなかった。彼女はみじめなほどしょげかえっていた。

「あたしがエルクを誘ったから……あたしのせいだ……」

「仕方がないよ、ブラックローズ」

僕はそう言って彼女を慰めた。

「あんなことになるなんて、誰も予想なんかできないよ」

友人の猫PCミアを失ったエルク。

僕は彼の目の前でミアを、いや八相マハをデータドレインした。せざるを得なかった。

エルクとは、あれきり連絡がつかない。 

徳岡さんに電話で連絡をとろうとした。

あの人なら、また何か困難を打破するアイデアを出してくれるかもしれない、そう思ったのだ。

だがいつかけても、徳岡さんはつかまらなかった。電話に出てくれなかった。ひょっとすると、あの人も何か問題に直面しているのかもしれない。

このままどうなるのだろう。決め手を失ったまま、敵に持久戦に出られてしまったら。

ゲームの中は彼らの領域テリトリーだ。僕たちは手も足も出せない。ヤスヒコはもう元に戻らない。土屋さんも、ブラックローズの弟も、こん睡状態の人たちは皆、回復できない……

いけない、あせりすぎて考えが短絡的になっている。

冷静にならなくては。

そうだ、ログアウト中の僕にもできることはある。

学校の職員室のプリンターを利用して、ワイズマンからもらった『黄昏の碑文』のテキストを印刷し、繰り返し読んだ。

碑文の中に手がかりがあるはず。すがるような気持ちで何度も読み込んだ。

そのことに気付くまでに四日かかった。

あれ? と思ったのだ。

一つずつ確認してみた。

スケィス。いる。

イニス。いる。

メイガス。いる。

フィドヘル。いる。

タルヴォス。いる。

ゴレ。いる。

マハ。いる。

コルベニク。いる。

 

クビア。……竜骨山脈のくだりが、クビアのことを指しているようだ。……いる。

 

そして、モルガナ・モード・ゴン。

…………

…………

いない……

どこにもいない。

モルガナの名前はどこにもない。

 

「黄昏の碑文とは、『The World』のゲームの基になった『らしい』叙事詩であり、物語の下敷きだ」

 

ワイズマンはそう教えてくれた。

では……僕たちの敵モルガナ・モード・ゴンとは、一体何者なんだろう?

 

(続く)