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第22話

雨は降る、霏霏ひひとして降る、日々注ぐ。この世のすべてをあますところなく洗い流すような偏執症的な念入りさでいつまでもいつまでも降り続ける。

生きている者も死んでいる者も等しく雨に打たれ、洗われていく。

その男は、雨に打たれながら、もう半刻ほども墓の前に佇んでいた。

霧の如き小雨が、周囲の全ての色と音をかき消している。

何もかもが雨に沈んでいくように見える。

墓地。朽ち果てていく者たちの場所。最後のそして永遠の安らぎの場所。人間のありとあらゆる営みは、結局沈黙の中へ帰っていく。

男ははるか彼方のベルリンからやってきた。飛行機と電車を数回乗り継ぎ、公共の乗り物がなくなってからはひたすら歩き続け、このニュールンベルクの田舎村にたどりついたのだ。

彼が目指したものは今、目の前にある。 

十字架や墓石が整然と立ち並ぶ、その一角。

彼は跪き、生前の「彼女」には甚だ似つかわしくない無骨な墓石を見つめる。まだ真新しい。文字がくっきりと刻み込まれている。

 

エマ・ウィーラント

伝説の紡ぎ手、ここに自らも伝説となる

 

男は傘を持っておらず雨合羽も着ていない。

彼は雨に打たれながら膝を突いている。冷たくぬかるんだ泥がズボンを侵す。湿気と寒さが衣服を通して彼の身体の表面に染み込んでいく。

墓地は依然として静まり返っている。

ただ雨の音だけが、水と草とに鳴る。

「まだ終わりじゃない……」

やがて男はつぶやく。

「僕が終わらせはしない……」

きびすを返して墓地を出る。

雨の煙る中を、男は決然とした足取りで歩んでいく。

墓から遠ざかるにつれて、男の姿も吸い込まれるようにして景色の中に溶け込み褪せはじめ、やがて完全に雨の中へ沈んでいく。

 

(続く)