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第26話

徳岡さんとの出会いは、今までずっと手探り状態で『The World』をプレイしてきた僕にとって、闇の中に現れた一筋の光明のようなものだった。

僕たち以外にも『The World』の謎に取り組んでいる人たちがいる、そうわかっただけでも勇気付けられる思いだった。

それに、徳岡さんは僕たちがまだ知らないようなことまで情報をつかんでいるらしい。そのことも僕を勇気付けた。

ヤスヒコを救うために僕がとってきた行動は間違っていないのだと……少なくともまるきりの見当はずれではないのだと、徳岡さんが保証してくれたように僕は感じた。

だから、僕は若干明るい気持ちで家に帰り、パソコンを立ち上げた。

メールが二通届いていた。

ブラックローズとバルムンクからだった。

 

件名:夢じゃないよね

送信者:ブラックローズ

本文:
「死神」を倒せばなんとかなるって、そう思ってた。
根拠はないけど……それでも、それで、
元通りになるんじゃないか、って。
なのに……
あたしたちのしたことって、なに?
あれで良かったんだよね?
そうだよね?

 

件名:話がある

送信者:バルムンク

本文:
マク・アヌのカオスゲートで待つ。すぐに来い。

 

二人が無事だったことにまずほっとした。

しかし彼らのメールを読んで僕は暗い気持ちになった。徳岡さんの効果は数時間も持たなかった。

ブラックローズの質問に関しては、僕にも答えられなかった。それはむしろ僕が聞きたいくらいだ。

徳岡さんとの話し合いで得たつかの間の心の平穏は、ブラックローズの問いかけであっさり覆されてしまった。

僕たちのしたことは正しかったのだろうか? 「死神」を倒したのに、ヤスヒコはまだ入院したままなのだ。

バルムンクのメールはより直球だ。おそらくヤスヒコのことを確認するつもりなのだろう。

気が重かった。こんなにも『The World』をプレイしたくないと思ったのは初めてのことだった。

メールで二人に返事をしてからログインすると、ブラックローズはすでに先に来て待っていた。バルムンクの姿はなかった。

「もっかい行って何が起きたか確かめよう!」

開口一番、ブラックローズはそう言った。

「もう一回って……この前のエリアに?」

「今のままじゃ気持ち悪いでしょ? だから確認しなきゃ」

「確認……」

「そう。死神をちゃんと倒せたのか、とか。その後に出てきた奴がなんなのか、とか。これから調べに行こうよ!」

僕は眼を閉じて少し考えた。

「いや、やめた方がいいと思うな」

「え? どうして?」

「あんなあからさまに異常な存在が、いつまでもエリアをうろついてるとは思えない。とっくに姿を消してるよ」

「だから、ちゃんと確認しに行こうって言ってるのよ」

「それに、もしあれにまた出会ったとしたら……あんなやつに、僕たちは勝てない」

「そんな弱気なこと……」

「僕たちは死神と戦ったばかりだった。長時間のバトルで疲れてた。でもあれはそういう次元の問題じゃない。そうでしょ? 僕たちは手も足も出ずに吹き飛ばされたんだ」

「それはそうだけど……」

不満げにブラックローズは言った。

「そこはほら、カイトのデータドレインで何とかすればいいじゃない。死神だって倒せたんだし」

その時、僕の背後でマントを翻すような音がした。

「――貴様ら。悪巧みの相談でもしているのか」

よく通る冷たい声。

振り向くとバルムンクが険しい顔で立っていた。

たった今、ログインしてきたところらしい。

「悪巧みって何よ。この前のエリアを調べ直しにいこうって相談してるのよ」

ブラックローズが言った。

「くだらん話だ」

バルムンクは突き放すような口調で言った。そしてブラックローズの反論を待たずに僕の方に向き直った。

「俺がここに来たのは、そんなたわごとを聞くためじゃない。俺が聞くのはただ一つだ」

ひたと僕を見据えた。

「オルカの意識は、戻ったか?」

僕は言葉に詰まり、思わず視線をそらしてしまった。

バルムンクはそんな僕の様子を見て冷たく笑った。

「……だろうな。そんなことだろうと思った。姑息なハッカーの策に踊らされたというわけだ」

「あんた、まだそんなこと言ってるの。あたしたちはハッカーじゃないって!」

ブラックローズが割り込んだが、それを上回る大声でバルムンクが怒鳴った。

「そちらこそ、まだそんなことを言っているのか!」

その声は怒気に満ちていた。

「仕様外のプログラムでデータを改変してゲームの安定を乱し、事態を悪化させている! これがハッカーの仕業でなくてなんなのだ! いいか、自覚がないのなら今すぐに認識をあらためろ!」

バルムンクは僕をにらみつけた。

「お前は、まぎれもないハッカーだ」

その言葉は鋭いナイフのように僕の胸をえぐった。

「――オルカのために、今回は手を貸した」

バルムンクは言った。

「だが、これきりだ。次はない。今後、目障りな真似をしたのなら……その時こそ必ず殺す!」

そう言うと、バルムンクはログアウトして姿を消した。

来たときと同様、帰りも唐突だった。

僕とブラックローズは顔を見合わせた。

「ふん。あいつ。いっつも殺す殺す言ってるよね。語彙が貧弱なんだっつーの!」

「彼には、僕たちとは違う事情があるのかもしれない」

と、僕は言ってみたが、我ながらいいコメントだとはとても思えなかった。

「なによ、それ。ものわかりよさそうなこと言って……」

ブラックローズがむすっとした声で言った。

「カイトがもっと言い返さないから、あいつが調子に乗るのよ。次会ったらガツンて言ってやりなさいよ」

矛先がこちらに向いてきたので僕は首をすくめた。そんな無茶を言われても困る。

「それで、話を最初に戻すけど、どうする?」

と、僕は言った。

「何が?」

「エリアを見に行くかどうかってこと」

「んー……」

ブラックローズは腕を組んだが、明らかに先ほどよりも熱量が落ちていた。バルムンクとの口論でパワーを使ってしまったようだった。

「やっぱやめとくわ。あたし、今日はもう帰るね……」

「そう。じゃ、ね」

ブラックローズはそう言ってログアウトするようなそぶりを見せたが、いったん動きを止めて僕の方に向き直った。

「あのさ」

彼女は何気ない口ぶりで言った。

「カイトは、ハッカーなんかじゃないからさ。ヘンに落ち込んだりしないでよね」

そう言ってブラックローズはログアウトした。

一人残された僕はため息をついた。

死神を倒すという難業をやってのけたというのに、再集合して三十分足らずであっという間に解散になってしまった。見事なチームワークだ……

ふと疑問に思った。

僕はヤスヒコのために『The World』を続けている。

では、ブラックローズは何のためにログインしているのだろう、と。

 

(続く)