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第18話

天才ハッカー

 

アメリカ人マーチン・ミトニックは二〇〇〇年以前に活動した最も有名なコンピュータ犯罪者である。

彼は十億ドルにも相当する企業機密をいとも簡単に手に入れる男として第一級危険人物とみなされていた。

だがFBIの努力にもかかわらず、マーチンの逮捕には七年もの時間が必要だった。

彼がハッキングに手を染め出したのは高校生の頃からである。

当時十八歳のマーチンはすでにハーヴェスト・スプリングスにある北米防空司令部のコンピュータ・システムへ侵入し、腕試しをしていた。

「簡単なモデムさえあれば、核戦争だって仕掛けられる」

と、彼は普段から豪語していた。

警察は電話通信位置を探知しながら犯人の行方を追ったが、その結果は常に空振りだった。警察側の行動は全て筒抜けだったのである。

一九八〇年、カリフォルニア州の電話会社から電話加入者に関する極秘ファイルを盗み取った。

一九八一年、ワシントンの国防総省のコンピュータから大陸間弾道ミサイルの発射パラメータのデータを盗み出した。

一九八二年、南カリフォルニア州の大学で使われているコンピュータに不法アクセスし、自分以外の人間を全てシャットアウトした。

その年の末にようやくFBIによって指名手配されたが、直前に彼は姿を消した。警察同様、FBIの行動も全て筒抜けだったのである。

それから六年、マーチン・ミトニックは完全に行方をくらました。

だが逃亡生活を続けながらも、ハッキングはやめなかった。

もはや彼はコンピュータの乗っ取りをやめることができなくなっていた。彼にとってそれはハードコアの麻薬だった。機械の中にもぐりこんで全てを支配するという欲求を抑えられなくなっていたのだ。

一九八八年、とある企業のデータ流出にマーチンが関与しているらしいことが発覚した。

久しぶりにマーチンの手がかりをつかんだFBIは、彼の逮捕にハッカーを使うことを思いついた。

サンディエゴのスーパーコンピュータセンターに勤務するジェリィ・カワイという日系人の技師に白羽の矢が立った。

カワイはFBIと協力してマーチン逮捕に乗り出した。

マーチンの致命的なミスは己が絶対の優位にいると勘違いしたことである。七年間の逃亡はマーチンを消耗させるどころか、ますますの全能感、無敵感を彼に与えていた。コンピュータを操ることにかけて自分以上の存在はいない、とマーチンは思い上がるようになっていた。

電話装置が作動する信号をスキャナーで探知され、その隠れ家を突き止められたとき、マーチンは自分がFBIとの知恵比べに敗れたことが信じられなかった。

捕縛され、パトカーに押し込められる直前、ほんの数秒だけ、マーチンはカワイと対面した。マーチンはカワイが自分と同じ種類の人間であると悟った。

「そうか。こいつはまいったな。君の勝ちだよ」

マーチンは言った。

「僕は君の能力に敬意を表するよ」

カワイは首を振り、何も答えなかった。

 

警察は、マーチンの犯した犯罪の被害総額がどれくらいになるのか、見当もつかなかった。

だが、携帯電話会社の首脳が独自に算出した結果、被害金額は数百万ドルにも上るという。

 

二〇〇〇年一月二十一日、マーチンはロサンゼルスの刑務所から仮釈放された。ただし、それ以降、コンピュータ、インターネット、携帯端末の使用をいっさい禁じられている。

 

(続く)