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第30話

驚いたことに、本当に連絡が来た。

翌日、学校から家に帰った直後、携帯端末に電話がかかってきたのだ。

「もしもし」

大人の男の声だ。聞き覚えがなかった。

一体誰だろうか、どうやって返事をしたものかと思っていると、相手が咳払いして言った。

「私はリョースだ。『The World』のシステム管理者を務めている」

その途端、昨日の『The World』でのやりとりが頭の中に蘇った。

「あ。はあ」

僕は間抜けな返事をしてしまった。

「先日はどうも……」

誰なのかわかったところで、どのようなリアクションをとればいいのか見当もつかない。

相手は僕の名前を言い、間違いがないか確認した。

僕はその通りだと答えた。

「実は今、君の家の近くまで来ている」

と、リョースは言った。

「今後の『The World』での展開について、君と直接話をしておきたくてね。今はもう学校は終わっているだろう?」

「はい」

「このあたりに話ができる場所はないか? 話といっても、大した手間は取らせない。三十分ほどもあれば充分だろう」

僕は駅前にあるハンバーガーのチェーン店の名前を挙げた。

といっても、特にそこが話がしやすい場所というわけではない。単に行きやすい場所というだけだ。

「わかった。ではそこで三十分後に。いいね?」

電話は切れた。

僕は学生服から私服に着替えると、自転車で駅前に向かった。

店内に入ったとき、相手はすでに僕を待っていた。

スーツ姿の男の人が立ち上がり、僕を手で招いた。

「君がカイトだね」

と、その人は言った。

「はじめまして、と言っておこうか。私がリョースだ」

そう言って、僕に名刺を差し出した。

どうも最近、にわかに名刺をもらう機会が増えてきた。

我ながらぎこちない手つきでそれを受け取った。

 

株式会社サイバーコネクト社システム管理部課長
土屋浩司つちやこうじ

 

「どうぞ、座りたまえ」

そう言われ、僕はへどもどしながら指された席に腰を下ろした。

でもこれは仕方がないんじゃないかと思う。

店内に入ったとき、僕は無意識のうちにゲームの中のリョースの姿を探した。つまり、リョースに近い雰囲気を持った男の姿を。太目で、大柄で、中年。そんなイメージを手がかりにしていた。

だが、今、僕の向かいに座っている男の人は全く違う。

まず若い。たぶん若いのだと思う。この前会った徳岡さんよりも若いようだ。いや、どうだろうか? やはり大人の年齢は僕にはよくわからない。

肩幅は広い。でも太っているのではなく、むしろ痩せて、鋭く、力強い感じがする。一流の運動選手のような雰囲気とでもいうのだろうか。一流の運動選手の知り合いなんかいないけど。とにかくでっぷり肥えた商人風のリョースとはまるで違う。

「――まずは先日の部下たちの軽薄な言動を謝罪する」

僕が落ち着くのを待ってから、彼は頭を下げた。

「はあ?」

部下たち? リョースと一緒に現れたリョースのコピーみたいなPCたちのことだろうか?

「あの……豚走隊、とかいう人たちですか」

「その通りだ」

土屋さんはかすかに眉をひそめた。

「システム管理者の業務は、本来あのようなゲームのロール感覚の延長で行うべきではない。連中の態度は、システム管理者としての自覚を著しく欠いたものだった」

僕の戸惑いなどお構い無しに、深沈とした面持ちで彼は続けた。

「ただ……彼らも残業につぐ残業で疲弊している。あれを禁止すると作業のモチベーションが極端に下がってしまうんだ。だから、頭ごなしに禁止してしまうこともできなくてね。もし君が不快に感じたなら申し訳ない」

「はあ……」

どうもこの人は僕の想像のつかないところで苦労しているようだった。

ただ、不快とかどうの言い出すのなら、嘘のメールで呼びだされてデリートすると言われたときのほうがよっぽど衝撃度合いが強かったと思ったが、余計なことは言わないほうが賢明だと考えて口に出すのは控えた。

「それでは、本題に入らせてもらう……」

僕は目の前の彼と、ゲームのリョースと、たった一つだけ共通点があることに気付いた。それは愛想のない仏頂面だ。

「世の中がネット社会になって久しいが、人を判断する際に直接会うにこしたことはない。わかるね?」

「はい」

「あの女、ヘルバは言った――押さえ込むばかりが管理ではない。もう少し、君たちの様子を見ろ、と。ハッカーなどの言葉に従うつもりは毛頭ないが」

咳払いをした。

「とにかくそのためには、君のことを知る必要がある。君と直接会って、話をして、君という人間を掌握しておきたい」

そうして面談が始まった。

まさにそれは面談としか言いようのないものだった。

土屋さんが質問し、僕は答えた。

『The World』を始めたのはいつか。なぜ始めたのか。

腕輪を手に入れたのはいつか。誰から。

一連の事件で何を知っているのか。等々。

質問のうち、いくつかは、すでに土屋さん自身が答えを知っていて、念のために僕に確認をとっている、という感じがした。

「ゲームの中以外で、事件に関することを話してはいないか?」

そう聞かれたとき、僕は徳岡さんのことを思い出した。

だが徳岡さんはCC社に自分のことを知られるのを極端に嫌がっていた。

「いいえ」

と、僕は答えた。

「――では、最後に一つ。なぜ、君はゲームを続ける?」

土屋さんは言った。

「『The World』で不可解な現象が起こっている、それは認めざるを得ない。そして、おそらく君はその異常現象に最も頻繁に直面している人間の一人だろう。それなのに、なぜゲームを続ける?」

「僕は友達を助けたいんです」

と、答えると、土屋さんは軽くうなずいた。

「PC名オルカ、リアルではヤスヒコ君、だね。意識不明に陥って入院している」

テーブルの上に身を乗り出すと、彼は僕の顔を覗き込むようにした。

「君がゲームを続けることで、ヤスヒコ君が回復する、と。本当にそう信じているのかね?」

「はい」

僕は答えた。

「すべての答えは『The World』にある。僕はそう思っています」

しばらく間があった。

「よし、わかった」

やがて、土屋さんは小さくうなずいた。

「今の君の考えに対して、私が意見するのは控えよう。私は『The World』のシステム管理者である以前に、CC社に勤務する会社員だからね」

土屋さん自身は『The World』と意識不明者の事件の因果関係を認めたくないということなのだろう。

「――しかし、それはともかく、我々はシステムの安定を求めている」

と、彼は続けた。

「そして、君は友達を救いたいと願っている」

僕はうなずいた。

「お互いに協力すれば、道が開けるかもしれない」

土屋さんは言った。

 

(続く)