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第42話

表向きはいつもと同じ夕食の風景だった。

父親と母親、そして僕と妹。四人そろってご飯を食べた。

居間ではテレビがつけっぱなしのままになっており、夕方のバラエティ番組か何かの笑い声が台所にも聞こえていた。

妹は昨日僕の前で泣いたのが嘘のように何時もどおりにふるまっていた。

だが僕には彼女が無理をしているとわかった。

妹は平静を装っているが、しかしその実じりじりと待っている。

僕が引越しについて切り出すのを。

父親と母親にそのことを確認するのを。

先送りにはできないし、しても意味がない。

僕たちは携帯ゲームをセーブして放置するみたいにしてこの世界を投げっぱなしにすることはできない。いずれ遅かれ早かれ目の前の問題に直面するのだ。

僕は意を決して口を開いた。

「ねえ、父さん。あの――」

その時だった。居間のテレビの音声が急に変わった。それまで夕方前の情報番組を流していたが、報道スタジオからのものに切り替わった。

父親がそれに気を引かれたらしく、椅子に座ったまま伸び上がるようにしてテレビのほうを見た。

「まあ、行儀が悪い――」

母親がたしなめたが、父親の目はテレビにじっと注がれていた。

僕たちもそれに釣られるようにしてテレビを見た。

眉間にしわをよせたアナウンサーがニュース原稿を読み上げていた。

その背景のモニターには、現場中継らしい映像が映っている。

「現在、横浜市みなとみらい地区を中心に大きな混乱が起こっている模様です。詳細は未だ不明ですが、これにともない、横浜、桜木町、関内および京浜地区の一部で交通規制が行われ、同区間ではJR、東急東横線、京急、市営地下鉄も運転を中止しております。また、一部では火災が発生しているとの情報もあり――」

不意に、テレビのマイクが、甲高い、耳をつんざくような女性の金切り声を拾い上げた。

それはアナウンサーが思わず黙り込むほどに鋭かった。

「助けて! 助けて!」

と、その声は叫んでいた。

その悲鳴は、モニターの映像の中、どこかの事故現場にうつろな響きで反響した。

僕はぎょっとして思わず腰を浮かせた。

父親も母親も妹も、全員が蒼白な顔でテレビを見つめている。

何かが起きたのだ。何かが。

 

(続く)