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第32話

一ヶ月も経たないうちに、ハロルドは皆に受け入れられるようになった。

この会社の不文律――「プログラマーがルール」が作用したからだ。いついかなるときでも正しいプログラムを組めるものが絶対的に正しい。ハロルドは文句なしに優秀なプログラマーだった。チームのほとんど全員がそれを認めた。

彼は英語を完全にマスターすることはできなかった。いつもたどたどしい片言の言葉で喋った。

控えめで、気弱とも取れるほどに穏やかな性格だったが、その奥には他人には気付かれにくい芯の強さがあった。

彼の書くプログラムも彼によく似ていた。プログラムにはそれを書いたプログラマーの性格あるいは個性が出る。今までどういうプログラムを読んできたか。どういうプログラムを書いてきたか。見るものが見ればおのずと明らかになる。

彼のプログラムは一見大したことがなく、誰にでも真似できるようで、よくよく調べてみると、完璧で隙が無かった。演算を最小限で済ませるコードが実装されていた。

ハロルド自身もそういうタイプの男だった。

つまり、彼はちょっと見ただけでは別に大した人間ではないように見えて、その実、見掛けよりも遙かに優秀という種類の男だった。

九月になる頃には、彼は皆からアメリカ式に「ハル」と呼ばれるようになった。

最初に会社へ案内したのが縁となり、ニカはハルの世話係のような役目を任されていた。

彼の作ったプログラムを確認し、カーシュへ提出することが彼女の日常業務に加えられていた。

チームの誰よりも早くハルの成果物を見られるのはニカのひそかな楽しみだった。

ハルのプログラムは常に正しかった。のみならず美しかった。その精緻巧妙さにニカは圧倒された。

ハルはすでにゲームの基本システムをつくっていた。ほぼ改良の余地がない状態にまでくみ上げられていた。

残っている作業は、サーバーの分散システムを作り込むこと、そして開発ツールを使ってエリア、イベント、NPCなどを用意することぐらいだった。ハロルドにはゲームデザイナーとしての素質もあるらしかった。

ただ一つだけ、社長はハルの企画に駄目出しをした。それはゲームのタイトルについてだった。ハルの企画書には「黄昏トワイライト」とあったが、社長は首を振って否定した。

「それじゃあまりにも辛気臭すぎる。マッシブリー・マルチプレイヤー・オンライン・ロール・プレイング・ゲームにふさわしくない」

というのが社長の言い分だった。

十月、プリプロダクション版のための話し合いで彼は言った。

「ワンワードっていうのは良いと思う。だが、一年半ぶりに世に生み出される全く新しいマッシブリー・マルチプレイヤー・オンライン・ロール・プレイング・ゲームなんだぞ? それじゃ駄目だ」

「やけに繰り返すね」

と、カーシュがつぶやくように言った。

「気に入ったんだろう。なにしろマッシブリー・マルチプレイヤー・オンライン・ロール・プレイング・ゲームだからな」

隣のマッギヴァーンが言った。

社長は二人の野次を無視した。

「黄昏だなんて、そんなタイトルじゃむしろプルートキスを連想しちまう。もっとこう、ぐっと来るタイトルを提案してくれ

タイトル案に関してはそれからも少し揉めた。

最終的には仮のタイトルとして「断片フラグメント」になった。パブリシティをうつ時にあらためて考え直すことにして、ベータ版あたりまではそれで通すことになった。

社長の言葉を、ハルは黙ったまま聞いていた。特に反論もしなかった。

無論態度には出さなかったが、そのようなことはどうでもいい、興味がないと思っているようでもあった。

 

(続く)