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第7話

目が覚めると、そこは僕の部屋だった。

僕は突っ伏していた上半身を起こし、周囲をぼんやりと見回した。

壁の時計は午前一時を示していた。

いつの間にか椅子に座ったまま寝てしまったらしい。

ネットゲームでよく聞くところのいわゆる「寝オチ」というものをかましてしまったのだろうか。

こめかみのあたりがずきりと痛んだ。

何か得体の知れない不吉な夢を見ていたような気がする。

それが何だったのか、思い出したいような、思い出したくないような、漠然とした不安に駆られながらパソコンのモニターを見てどきりとした。



System error.



赤文字のメッセージが忌まわしい宣告のように表示されていた。

その文字を見た途端、僕は思い出していた。

寝る前の出来事を。

ゲームの中で起こったことを。

あれは夢ではなかった。実際に起きたことだった。

キーボードの上に投げ出すようにしてFMDが置いてあった。気絶している間に僕が自分で無意識のうちに外したのだろう。

内部を覗いてみると、モニター同様の赤文字が画面に浮かび上がっていた。

一体何が起きたのか。

あの少女は?

死神は?

――ヤスヒコは無事なのか?

瞬間的に、彼に電話をかけたいという衝動に駆られた。ヤスヒコを呼び出したい。ほんのちょっぴり言葉を交わすだけでいい。あいつの声を聞くだけで安心できる。

おいおい、やってくれたな。すごい仕込みだったぜ。フラッシュモブっていうの? 知り合いに協力してもらったのか? おかげで僕はもうネットゲームに夢中になっちゃったよ。この策士め……

だが電話をかけるという案は深夜の今ではあまりにも非現実的な考えだった。

しばらく悩んでから、結局、僕はメールを送るだけに留めた。

そうしてパソコンの電源を落とし、部屋の電気を消して、ベッドに潜り込んだ。

家は静まり返っていた。もうみんな寝てしまっているのだろう。



まんじりともできない夜が明けた。

登校時間になっても、ヤスヒコからメールの返事はなかった。

学校に行き、授業が始まったが、僕は上の空だった。

ようやく一時間目が終わると、僕はヤスヒコのクラスに行って彼の姿を探した。どこにもいなかった。

近くにいた顔見知りの男子にヤスヒコのことを聞いた。

そこではじめてヤスヒコが欠席していたことを知った。

彼は昨夜に意識を失い、市民病院に緊急搬送されたとのことだった。



放課後、市民病院に行ったが、ヤスヒコと会うことはできなかった。

対応してくれた看護師は眉をひそめ、申しわけなさそうな表情を作って見せたが、僕の要望を頑として受け付けようとはしなかった。

どうしてこんなことに……

病院から家への道すがら、僕は自転車をこぎながらずっと考え続けていた。

ヤスヒコはゲームをして意識不明になった。

僕も気絶したが、ヤスヒコとは違い、すぐに目が覚めた。僕とヤスヒコの違いは?

ヤスヒコの操作するPCのオルカは、「死神」の攻撃を受けた。

ヤスヒコを意識不明に陥れたのは「死神」だ。「死神」は少女を追っていた。

そう言えば、ヤスヒコは少女から本のようなものを受け取っていた。あれはどうなった?



きっと少女は知っている。

あの時、何が起きたのかを。

そして、その鍵はきっとあそこに――『The World』にある。そんな気がする。

僕は家に帰ると、すぐに自分の部屋に入り、パソコンを立ち上げた。

新着メールを示すアイコンがポップアップしていた。反射的にクリックすると、メーラーが立ち上がった。届いていたのは二通だった。



件名:サーバートラブルのお詫び

送信者:CC社

本文:

『The World』ユーザー様各位

弊社サーバーが原因不明のトラブルに
見舞われ、皆様には大変ご迷惑をおかけ
しています。大変申しわけありません。

現在、全力で原因の究明と、機能回復に勤め
ていますが、作業の効率化のため、しばらく
の間、ΔデルタΘシータサーバー以外のプレイヤーの
移動を制限させていただきます。

ご理解の程を宜しくお願いします。



件名:#願※

送信者:ア#※

本文:

本を#持@%人へ
スケィ:※、
あFしを探し※+ま=
時%がない
お願@で¥。助けAくだ#い



どちらのメールも、僕を困惑させるに充分な内容だった。

原因不明のサーバートラブル?

ヤスヒコが意識を失ったことと何か関係があるのだろうか。わからない。今のままでは何もわからない。情報がなさすぎる。

もう一通のメールはそもそも意味がわからなかった。文章が文字化けしてしまって中身を読み取ることができない。差出人の名前さえ確認できない。



まずは現状を掌握しなければならない。

何が起きたのか。あるいは、何が起こっているのか。

そのためにはどうすればいいだろうか?

僕はヤスヒコから聞いたことを思い出していた。

「ゲームについてもっと知りたい場合は、BBSを読むといい。ほしい情報がないときは、質問を書き込むと、誰かが大概答えてくれる」

そうだ、BBSだ。

僕は『The World』のアプリを起動させ、BBSの画面に移動した。

少し考えてから、質問文を入力した。こんな感じだ。



送信者:カイト

送信テキスト:

友だちが、このゲームをしてて意識不明になりました。

入院していて、今も意識が戻りません。

でも、そんなことってあるんでしょうか?

何か知ってる人いませんか?

どうやったら友だちは元に戻りますか?



手をとめて文章を読み直した。

ゲームをして意識不明。

あまりにも現実離れした事柄を訴えていて、自分で書いたものなのに不自然なでたらめのように感じてしまう。

だが、これでいいのかも知れない。

非現実的すぎる内容だからこそ、無責任な野次馬はスルーしてくれるだろう。

逆に、何か知っている人の目にはきっととまるはずだ。

さらに文章を追加した。



メーカーの人も、ここを見ていますよね?

何でもいいです。情報下さい。



(続く)