3rdシーズンの全作品と繋がる物語がここに。「.hack」シリーズ初のWeb小説! (著 / 矢野将之)

Web小説 「.hack//bullet」

30 リブート

彼は闇の中に佇んでいた。

何も見えず、何も聞こえなかった。

何も感じず、何もわからなかった。

ここはどこだろう、と思った。

ずいぶん長い間、こうしているような気がした。

たった今、この場所へやってきたばかりのような気もした。

どちらだろうか、と思った。

彼は考え、顧み、さらに考えた。わからなかった。

結論が出ないまま、身じろぎしようと試みた。できなかった。

彼には身体がなかったのだ。

液体のような闇が本来あるべき彼の体を包んで消化し、取り込んでしまったかのようだった。

自身も液状となってどこまでも境目無く際限なく周囲と入り混じり溶け込むような感覚。己が果てしなく広がっていき、この『世界』を覆い尽くすような感覚。

そうして、彼は何者でもない、ただ一個の意識として茫洋と闇の中に浮かんでいる――

もう一度、ここはどこだろう、と思った。

その時、彼はいつの間にかその答えを知っていることに気づいた。思い出したのだ。『世界』という単語が呼び水となって彼の記憶を甦らせたのだろう。

そう、ここは地獄だ……。

 

太陽の光や温もりも届きはしない。

とめどない欲望の奔流があふれ続けるところ。恐ろしい悲鳴や禍々しい叫び声が轟くところ。

つながってはならないところ。

 

今、彼は傷ついた獣がむさぼるような深い空洞(うろ)の如き甘美な眠りから覚めつつある。

闇と同化し、闇を漂う揺曳感は音も香もなく霧散し、その代わりに鈍い疼痛と疲労がPCボディに押し寄せてきた。

目覚めてみれば、そこには夢の中でさ迷った闇と同じような、黒洞々たる夜のエリアだ。

彼は起き上がろうとし、強いめまいを感じて動きを止めた。

この『世界』とじかに接触している彼の表面から内面へしみ込むような圧力。電脳空間にあまねく存在する負荷が彼の精神をわしづかみにし、がりがりと削り取っていく。彼の生命をスライスしていく。

覚悟はしてきた。危険も予想していた。

だが、思っていた以上にこの『世界』は過酷な場所だ。

そして、だからこそ、彼の望む試練に相応しい舞台だ。

彼は息を整え、意識を集中すると、これから成すべき使命のことを考えた。

彼が見つけ出すべき光のことを。

女神のことを。

そうしていると、少しずつめまいは和らいでいった。

女神の在るべき場所――『庭園』を発見し、そこに到達すること。

それで彼の魂の正しさは証明される。

そこに光があるはずだった。

そこは光に満ち溢れているはずだった。

彼の体に溶け込んだ不浄の闇を引き剥がし、彼の存在を皓々と照らしだしてくれるいとも素晴らしき天上の『光(フラッシュ)』。

あと少し。あとほんの少しの間、この地獄に耐えることができたなら――

六月八日になれば準備が整う。

鼠たちを地上のあらゆる端末に送り込む準備が。

全てはそれからだ。

 

残り二日。

 

(続く)

next「31 黒い森」へ

ページトップへ

一覧へ