3rdシーズンの全作品と繋がる物語がここに。「.hack」シリーズ初のWeb小説! (著 / 矢野将之)

Web小説 「.hack//bullet」

14 プチグソ牧場

ガス・フォックスの操作するPCは獣人の魔導士でクサメと同じタイプだった。クサメが金髪であるのに対し、彼の頭髪は全身の体毛と同じ黒色となっていて、それだけが彼らを見分ける外見上の唯一の相違点となっていた。名前はフォックス。

「え。フォックスなの?」

フリューゲルは思わず聞き返した。

フォックスの犬の目がじろりとフリューゲルを見た。

「何か問題でも?」

「あー。いや。特に何も。いいネーミングだと思うよ」

と、フリューゲルは答えた。

リアル側で電話のやりとりをしていたクサメがオフラインモードを解除してフリューゲルたちに向き直った。

「お待たせ、準備が整いましたで。ほな行きまひょか――」

フリューゲル、クサメ、フォックスの三人は碧天都市ドル・ドナに来ていた。

マク・アヌが『水の都』とすればドル・ドナは『緑の町』だ。タウン全体が豊かな植物群に覆われている。

「――調査員の一人がギルドショップで買い物しとる時に、店員やないPCに声をかけられた。そいつからペットのカタログと『ゲスト・キー』を渡されて、店の場所とその中へ入る方法を聞かされた」

断崖絶壁に挟まれた通りを歩きながらクサメが言った。

「その『ゲスト・キー』は正規に登録されたもんやなかったけど、識別コードは簡単に割れた。調査員はギルドマスターの行動履歴をたどって、ゲーム外で行きつけにしとる海外のチャットチャンネルを見つけて中に潜り込んだ。で、同じハッカーのふりをしてなんやかんやと話しかけて、そいつのリアルの身元を特定できるだけの情報を集めた」

「さすがとしか言いようがないねぇ。鮮やかなお手並みだこと」

フリューゲルは素直に感心してみせた。個人業者の彼には二日のうちにそこまで探り出すことは到底できない。

クサメはウィンドウを出してフリューゲルに見せた。不景気そうな顔をした青年の画像が表示された。

「トラヴィス・ボンド。アメリカ人。二十歳。ロサンゼルスに住んどる。大学生やけど、ここ半年はまともに通ってへん。『The World』は北米サーバーと日本サーバー、どちらのアカウントも取得しとる」

フリューゲルは記憶の中のセトの画像と見比べた。もちろん別人だ。

「最近は日本サーバーにばっかりログインしとるみたいやけどな。――そのチャットチャンネルから、トラヴィスがセトと思われる人物と会話しとるログがいくつか見つかった。相手のチャットネームは……」

「ガイスト?」

「ビンゴ。トラヴィスが『ペットショップ・チムズ』をオープンしたのはガイストと話をするようになってからや」

「ガイストのアクセス元は?」

クサメは首を振った。

「フィンランド経由でチャットに参加しとった。この国は匿名のアクセスをする不届きな連中をかくまうことで知られとる。おまけにIPアドレスは絶えず変更されて、アカウントが無限にコピーして増えるよう細工されとった。追跡されることをばりばり意識した『完全自動迷彩仕様』やね。シャクやけど、これを手がかりにして奴のリアルの居場所を突き止めるのは無理やろな」

「二人の会話の中身は?」

「ログに保護フィルタがかけられとって読めへん。まあ明日明後日には外せるやろけど……」

やがて広場に出た。マク・アヌと比べるとずいぶん小さい。フリーマーケットを模したギルドショップが数店並んでいる。

「これからの流れを説明するで。私らは奴のリアルとネットを同時に叩く。サイバー犯罪の現場をつかむには、ネットに接続しとるところをリアルで取り押さえなあかん」

クサメはフリューゲルを見て笑いかけた。

「まあ、釈迦に説法かもしれへんけど」

「とおーんでもない。いい機会だから勉強させてもらうよ。続けてくれ」

「リアルでの確保は、地元の警察にやってもらう。連中にはサイバー攻撃で企業を脅迫しよるハッカーの捕り物やと説明しとる。ついさっき、人員の配置が完了したと知らせがあった。こっちの合図でいつでも奴のアパートに踏み込んでくれる」

「ネットでの確保は、私とクサメが二人で行う」

フォックスが口を挟んだ。

「客を装って奴の店に入る。タイミングを見計らって身分を明かして奴の話を聞く。その後にリアルで捕まえる。逃げようとしたらリアルで捕まえて、その後で話を聞く」

「俺は何もしなくていい?」

「店主とのやりとりは全て我々が行う。君の口出しはおそらく必要ではない」

「そうお? じゃあ社会見学のつもりで後ろをついていくよ」

「前も言うた通り、フリューゲルはんには、万が一イレギュラーな事態が発生したときに対応をお願いしますわ」

と、クサメが言った。

やがてフリーマーケットの一番奥にある店舗まで来た。ここまで来ると通行人の姿はほとんどなく店も無人だ。客の少なさにうんざりして店番のPCが席を外しているようにも見えた。空っぽの椅子にターゲットを合わせると『準備中』とだけウィンドウ表示された。

「ここがチムズの入り口や」

クサメはそう言うと『ゲスト・キー』を取り出して見せた。

「――三名様ご案内」

転送エフェクトが三人を包んだ。


転送先は奇妙な場所だった。

部屋の外郭や規模は標準的な@HOMEのものだ。しかし内装がまるで異なっていた。床には瑞々しい牧草地のグラフィックが敷き詰められており、木で組み上げられた柵がそれをいくつかのスペースに区切っている。のどかな田舎の農場といった趣だ。

「プチグソ牧場だな。こいつは……」

と、フォックスがつぶやいた。

かつて『R:1』に実装されていた神獣育成の場。次バージョンに採用されるというマスコットキャラのルーツともいうべき施設。

それぞれの柵の中には巨大な頭部を持った不格好な生き物がいて三人の訪問者たちを無感動な目つきで眺めている。

部屋の角に据え付けられた物置小屋からPCが一人出てきた。

「いらっシャい。そいつラは展示用のプチグソたチじゃよ」

白いひげを伸ばした老人だ。呪紋使い系の服装をしている。

「『ペットショップ・チムズ』によウこそ。何ヲお求めかナ」

と、彼は言った。外国人特有の訛りが少々感じられるものの会話をするには問題のないレベルの日本語だ。

「んーと、私ら魔導士なんやけど。戦闘の役に立つようなマスコットってなんかいます?」

クサメがざっくばらんな様子で店主と話し始めた。

フリューゲルは店主への対応をクサメたちにまかせると、彼らから離れて@HOME内をぶらぶらと歩いた。

よく見るとプチグソ以外のマスコットキャラクターたちもいた。チムチム。小型ドラゴン。翼の生えた犬。翼の生えた猫。少女フェアリー。美少年フェアリー。おおよそ情報屋から聞いた通りだ。

しかし、鼠だけがいなかった。

「なンだっテ」

クサメとフォックスに挟まれるような形で話しこんでいた店主が突然大きな声を出した。

「じゃア……じゃア、あんたタちは……」

「我々はNABの者だ。不正行為があるとの通報を受けて来た。トラヴィス・ボンド、君の住所は……」

フォックスはロサンゼルス市内の相手の住所を読み上げた。

「間違いないな?」

彼の威圧的な言葉に店主は気押されている。

「すでに警官が君のアパートの前で待機している。このまま話に応じてくれれば手荒な扱いはしないと約束しよう」

「まじかよ畜生。なんでわかったんだよ。信じられねえ。なんてこった。くそ」

日本語ではなく英語でつぶやいている。もはや老人のロールは消え失せて若者言葉がむき出しだ。

「トラヴィス。君が自分の考えだけでこの違法ショップを開いたのではないと私たちは思ってる。君は誰かにそそのかされた、そうじゃないか?」

と、クサメは優しく諭すように英語で言った。

「その誰かのことを教えてくれれば、今回の件に関して、それなりに便宜が図ってやれるかも知れない。君がそう望めばの話だが」

「ガイストのことか? あんたら、あいつのことまで知ってんのか?」

クサメとフォックスはすばやく視線を交わした。

「そうだ。そのガイストだ。そいつのことを話してくれ」

クサメが促した。

「あいつとはネットでしか話をしていない。リアルは知らないよ」

と、店主は言った。

「あいつはすげえクールな奴なんだ。ハッキングスキルが半端ねえ。あいつなら一人でネットワーククライシスだって引き起こせる……そうだ。思い出した。鼠なんだよ」

フリューゲルは足を止めた。『鼠』という言葉が聞こえたのだ。

「多分あんたらの頭ん中に鼠どもが入り込むだろうぜ」

「それはどういう意味だ?」

と、フォックスが聞いた。

「耳を澄ますってことがどういうことかわかるか? 俺はなかなか気付けなかった」

店主は乾いた笑い声を立てた。

「でもきっと、そこに羽音が入り込む余地はないんだ。ちくちくすると最初は不快だけど、そのうちすごく気持ちよくなって青色が広がる。目の前と後ろに隙間ができて指が届くんだ。両手の長さが色違いになって溶けていく。でも、あいつらは深く咬む。目の奥を。どこまでも深く目の奥を」

「クサメ、そいつのリアルを取り押さえろ!」

フリューゲルは叫んだ。

「警官に指示しろ、早く!」

「なんやて? 一体――」

説明している暇はなかった。駆け寄りながらブリーラー・レッスルを右手に出現させ、銃口をフォックスに向けた。フォックスがぎくりと身をこわばらせた。

引き金を引いた。発射された弾丸はフォックスの脇をすり抜けてその背後で棒立ちになっている店主PCに命中した。

シックザールPCならではの特殊性。『他のPCへの攻撃はリアルのプレイヤーに対して影響を及ぼす』――弾丸を当てることでPC越しに衝撃を与え、プレイヤーを気絶させようとしたのだ。

だが、手ごたえはなかった。リアルのプレイヤーが弾丸の命中前にコントローラとFMDを外してしまったようだ。いくらブリーラー・レッスルでもゲームから離れた者には効果が届かない。

「なんの真似だ。邪魔をするなと言っておいたはずだぞっ」

フリューゲルにフォックスが詰め寄った。怒りで声が震えている。

「待て、フォックス。待て」

クサメが英語で同僚に呼び掛けた。呆然としていた

「警官から連絡が入った――。トラヴィス・ボンドが自室から飛び降りやがった」

フォックスは絶句し、ぬけがらとなって立ちつくす店主PCとクサメを交互に見た。

「容体は」

「わからない。先方が飛び降りたとだけ言って電話を切った。かけ直してもつながらない」

その時だった。排水管の水が逆流するような音が室内に響き渡った。

一匹のプチグソが柵の中で白目を剥いて痙攣している。音はプチグソの唸り声だ。

「がぼっがぼがぼっ。ぎぎぎ……がぼ。ぎちゅんっ。ぎちぎちぎちぎちぎち」

プチグソの全身にノイズが走ったかと思うと、紫色の六角形エフェクトがいくつも出現し始めた。

変形している。プチグソの体が捩じれ、溶け、膨らんでいき、やがて両手を地につけた人型のトカゲのようなモンスターとなった。

一番近くにいたフリューゲルが後ずさりながらつぶやいた。

「おいおい。こいつは――」

みなまで言うことはできなかった。

怪物がはね起きた。巨体からは想像もつかないスピード。柵が木端微塵に消し飛び、怪物の岩のような右拳がフリューゲルの顔面を直撃した。そのまま振り抜いた。フリューゲルのPCボディは糸の切れた凧のようにきりきり舞いをしながらクサメの左横をかすめ、フォックスの頭上を飛び越え、@HOMEの天井に激突した後、勢いが全く衰えないまま物置小屋の陰に突き刺さるように落下した。

クサメたちは硬直していた。身じろぎひとつできなかった。一瞬の出来事。気付いた時にはフリューゲルが吹き飛ばされていたのだ。

怪物がクサメの方に向き直った。天井に頭が触れそうなほどの大きさだ。棒立ちの店主PCが押し倒され、踏みつぶされていった。

そのときになってクサメは怪物の異形な姿に気付いた。

己の右脚を体の前にねじまげ、そのすねを口中の牙で深々と噛みつき固定している。

クサメはその怪物の造形に見覚えがあった。『The World』に関する古い資料を閲覧していた時に見たのだ。『R:1』。違う。もっと古い。そう、『fragment』時代のモンスターだ。思い出した。こいつは『胡坐(こざ)をかくヘビグソ神』だ。

サイバーコネクトの公式設定資料集では世界の創世伝説にも関わったとされる神族系モンスター。

それがなぜ『R:X』に登場するのか。いや、それよりも問題なのは六角形のエフェクトの方だ。

ウィルスバグだ、とクサメはここに至ってようやく悟った。

フォックスの方が先に動いた。彼は杖を振りかざすと炎の呪紋を発動させた。高レベルのモンスターを全滅させる紅蓮の業火が怪物の全身を包み込んだ。

だが『胡坐をかくヘビグソ神』には通用しない。ダメージが発生していない。仕様外の存在であるウィルスバグに通常の攻撃は無意味なのだ。

そしてこういう時のために共闘関係を結んだフリューゲルは最初の一撃でやられてしまった。

「なんという役立たずだ」

と、フォックスが悪態をついた。

「あー。面目ない」

フリューゲルの声がした。

フォックスたちがぎょっとして振り向くと、黒衣長髪の男の姿が目に入った。

彼はフォックスとクサメの間を通って無造作な足取りで怪物に向かっていった。手には先ほどのものと同じ拳銃が握られている。怪物が両腕を頭上に掲げ、彼の脳天めがけて振りおろそうとした。すれ違いざまに撃った。弾丸は怪物が口にくわえた右すねを貫通して喉の奥に突き刺さった。ただ一発。

「想像以上にすばやかったんで、不意を食った」

と、彼は言った。

その背後で首を撃ち抜かれた怪物がゆっくりとあおむけに倒れていった。ブリーラー・レッスルの弾丸で強制的に『停止』させられたのだ。

「フリューゲルはんか? 大丈夫なんか?」

と、クサメは言った。

「なんなんや、その格好は?」

「これ? こいつは力仕事用の一張羅。バトルフォームだよ。今までのはノーマルフォームで、頭脳労働用の一張羅。仕事の内容に合わせてPCボディが切り替わるようにしてんの」

クサメは呆れたように首を左右に振ると、地に伏した『胡坐をかくヘビグソ神』に見おろした。怪物を覆っていた紫のエフェクトはすでに跡形もなく消え去り、全身が灰色落ちして今はただの石像のように見える。

「――どえらい変なもんが出てきよったで。こいつもペットってわけやないやろうな」

「苦情担当係だと思うね。それとも護衛と言うべきか」

「私らみたいなのが来るのを予想しとった?」

フリューゲルが答えようとした時、怪物の頭部側を調べていたフォックスが驚きの声を上げた。

見ると、停止しているはずの怪物の口がもぐもぐと動いていた。やがて唇を押しのけて何かが出てきた。紫色の六角形のエフェクトをまとった小動物。

鼠だった。

それは空気の匂いを嗅ぐように鼻づらを震わせ、頭上を仰いだ。それから首を動かして室内を見回した。悪意を秘めた横線のような目がフリューゲルたちの姿をとらえ、睨みつけた。

「見ろ――」

錆びた声でうめいた。

「見ろ、犬ども」

鼠の目が大きく見開かれた。直後、三人はそこから金色の光がほとばしったように錯覚した。そうではなかった。後になってわかったことだが鼠は体を爆裂させて全身から閃光を放ったのだ。

『デッドリー・フラッシュ』。死の光。たった一匹の小さな鼠から@HOME一杯に刹那的な光が充満した。

フリューゲルはとっさに己の目を腕で隠しながら他の二人に警告を発した。

「見るな!」


クサメはフリューゲルの警告を聞き、顔を手で覆い隠そうとした。間に合わなかった。

しかし彼の前にいたフォックスが光に対する遮蔽物となった。

鼠が作り出した閃光はフォックスのPCボディに濃い影を形作らせてクサメの顔と胸部にそれを落とすだけにとどまった。

クサメは『デッドリー・フラッシュ』を見ずに済んだ。


フォックスはフリューゲルの警告を聞き、顔を手で覆い隠そうとした。間に合わなかった。

鼠が爆裂した時、三人の中で彼が鼠に最も近い距離にいた。遮蔽物の一切ない状況でフォックスは『デッドリー・フラッシュ』を見た。むき出しの眼球を貫通して彼の無防備な脳に死の光が焼きついた。

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