3rdシーズンの全作品と繋がる物語がここに。「.hack」シリーズ初のWeb小説! (著 / 矢野将之)

Web小説 「.hack//bullet」

11 九竜トキオ

「マンションの方に行ったら、リーリエがこっちだって教えてくれました。曽我部さんに電話かけようとしたんだけど、つながらなくて」

「人と会ってたからな。電源切ってた」

「急にお邪魔してすみません」

「いいよいいよ。しかしちょっと見ないうちにまた大きくなったねぇ。今身長いくつ?」

「178センチ、かな。9だったかな」

「ほへー。もう少しで180か。俺もそのうち追い越されるね。……インスタント・コーヒーでいいか?」

「あ、どうぞお構いなく……」

曽我部は流しでカップを二つ取り出すとコーヒーの粉を落としてポットの湯を注いだ。

トキオは応接セットのソファに腰を下ろし乱雑に散らかっている事務所内を物珍しそうに見回している。

九竜トキオは高校二年生の十七歳、曽我部とは三年前のイモータルダスク事件が発生した際に知り合った。そのときはまだ幼さの残る中学生だった。

今こうして会ってみるとずいぶん雰囲気が変わっている。変わりつつあると言うべきか。単に身長が伸びただけではなく、態度や身のこなしに以前にはなかった大人びた精悍さが 備わり始めている。とはいえ人懐っこそうな表情は昔と変わらぬままだ。

「バイトでこっちの近くに来たんです。それで、曽我部さんのとこ寄ろうって急に思いついちゃって」

と、トキオは言った。

高校生になってから彼は某ゲーム雑誌の出版社で編集のバイトを始めたのだった。地元のゲームショップが主催する格闘ゲーム大会で優勝したトキオの無敵ぶりをたまたま居合わせたその雑誌の編集長が目撃しその場でスカウトしたらしい。

最初のうちは攻略ライターとして働いていたが、やがて人当たりの良さと何でもこなす器用さを買われて編集側の作業にも携わるようになった……という話をリーリエ経由で聞いていた。その出版社が曽我部の事務所から二駅ほどのところにあるのだ。

「――で? 今日はどうした」

曽我部はコーヒーカップをテーブルに置くとトキオの向かいに座った。

「あの、相談したいことが」

と、トキオは言った。

「……最近、夢を見るんです。AIKA(あいか)ちゃんの夢を」

曽我部はコーヒーを口元に運びかけて止めた。

「AIKAちゃんは昔のままの姿で。でも、すごく悲しそうな顔で、『The World』が危ない、『The World』を守ってほしいってオレに言うんです」

トキオは自分のカップを見つめていた。

AIKAとは二〇二〇年のイモータルダスク事件において女神アウラの暴走を制止した少女の名前だ。データ知性体AIDA(あいだ)から進化した電脳世界の住人。洗脳されたアウラの記憶を取り戻させ、事件解決への決定打を放つ役割を担った。だがその代償として自身のデータは拡散し、直後に発生した電子の巨大な奔流に呑み込まれて消えた。

「ひょっとすると『The World』にはまだ何かあるんでしょうか? 誰も知らないところで何かが起きてる……。三年前の事件が実はまだ続いていて、AIKAちゃんはオレにそれを訴えてる、とか……」

トキオは曽我部を見た。

「曽我部さんはネット関係の仕事をしてるでしょ? 『The World』で起きてること、何か知ってるんじゃないかなと思って」

「うーん。見当もつかないねぇ」

と、曽我部は答えた。

「そうですか……」

トキオは気落ちしたように目を伏せた。

「お前さんがAIKAちゃんの夢を見るってことは至極まっとうなことだと思うよ。お互い心の結びつきがあって……」

曽我部は言葉を選んで言った。

「……あれだけ印象の強い出来事を経験したんだ。何年経とうが鮮やかな夢は見るもんさ。だが、夢の内容を客観的に分析して、そこに何かしらの意味や理由を持たせようとすることそれ自体には意味がない。夢は夢でしかないんだよ」

喋りながら曽我部は奇妙な感覚にとらわれた。目の前のトキオに説明しながらまるで自分自身に言い聞かせているような錯覚に一瞬陥ったのだった。

「ま! 要はあんまり気にするなってこと」

「――でも、彩花ちゃんも夢を見るらしいんです。オレと同じで、AIKAちゃんの夢を。最近になって急に見るようになったって」

「あー。それは……ひょっとすると……のろけか? 同じ夢を見るくらい仲がいいってことか? イヒヒ」

「ち、違いますよ」

ちょっとあわてた口調でトキオは言った。顔が赤くなった。

「ほら。昨年も、『The World』で変な噂があったじゃないですか。クリスマスのやつ」

それは曽我部も知っていた。

今から約半年前、『The World』でとある噂が流れた。クリスマス当日、『The World』初の攻城戦がリリースされた際に参加者たちがゲームの中にとらわれてしまいログアウトできなくなった、というものだ。

当事者以外には確かめようのない事柄。『The World』定番のオカルトネタと言ってしまえばそれまでの話だが、イモータルダスク事件を経験したトキオはそれが単なるオカルトでは済まない可能性が充分にあり得ることを誰よりも理解している。

「……オレ、嫌なんです」

と、トキオは言った。

「AIKAちゃんが守った『The World』が変なふうになるの、嫌なんです」

曽我部はコーヒーをすすった。

「オレと彩花ちゃんの見る夢がただの夢じゃなくて。AIKAちゃんがどこかに無事でいて。それで、オレに助けを求めてるのなら」

静かな口調だった。

「オレはAIKAちゃんを助けたい。絶対に」

顔を上げて曽我部を見た。少年の目ではなかった。男の目になっていた。

「あー。そうだな」

と、曽我部は少し間を置いて言った。

「今はちょいと手がふさがってる。そのことについて積極的に調べるってことは約束できないが、アンテナは張っておこう。何かわかったらお前さんに知らせる。それでいいか?」

「ありがとう、曽我部さん」

トキオは頭を下げた。

曽我部は手を軽く振り、それから声の調子を変えて言った。

「大切なことを思い出したよ」

事務机まで行って隅の方に押しやられていた封筒ケースを取った。リーリエに受け取りを拒否された悲しきテレホンカード。封筒を開けると、凛々しい警察官のマスコットが以前と変わらぬ頼もしい表情で曽我部を見上げた。閉じた。

「お前さんにプレゼントがあったんだ。はい」

ソファに戻ってトキオに渡した。

「え、なんですか? オレに?」

トキオは封筒を開けて中をのぞき込んだ。そのまましばらくじっとしていた。

「えーと。これは?」

と、トキオは言った。

「テレホンカードだよ」

「ですよね。うん。小学生の時に一度だけ見た覚えが」

そうつぶやいてまたじっと眺めつづけた。やがて顔を上げた。少し曽我部がたじろぐほどの満面の笑みを浮かべていた。

「いいんですか?」

と、トキオは言った。

「こんなカッコイイの、もらっちゃっていいんですか?」

「あー。うん。もちろん」


「ありがとうございます! こういうキャラデザイン好きだなぁ。『クール』と『かわいい』の絶妙なラインを突いてますねえ。現代的なセンスの鋭さを感じますよ」

「喜んでくれて何より」

と、曽我部は言った。

「――そうそう。今度、日帰りで箱根温泉へ行くことになって」

トキオは封筒を丁寧に畳んでしまいながら言った。のんきな口調に戻っていた。

「曽我部さんには御当地の飴を買ってきます。それで、リーリエのおみやげは何がいいですかね? いきなり渡して驚かせたいんだけど、中学生の女の子が喜ぶものってピンと来なくて」

「気をつかわせて悪いなぁ。……そうだな、置物とかキーホルダーとかよりも実用的なものを喜ぶよ。健康グッズなんかいいんじゃないかな。つぼ押し棒とか。足の指を広げるやつとか」

「そんなのを? へー」

トキオは鉛筆と手帳を取り出してメモし始めた。

「あと、首筋をぐりぐりする器具あるだろ。ああいうのもいい」

「首筋を、ぐりぐりする、器具、と」

「そうそうそう」

と、曽我部は言った。

「二日酔いのときにいろいろ試そうと思うんだよね」

「あんたが欲しいのかよ! ええー。真面目に聞いて損した……」

「俺に聞かなくったって、彩花ちゃんにリサーチすればいいじゃないの」

「あ、それもそうですね。買う時に聞けば……」

トキオは言ってからしまったという顔をした。

「ほう!」

曽我部は身を乗り出した。

「今のは彩花ちゃんが旅行の時にすぐそばにいるという状況を前提にした発言のようだが?」

「いや。それは。その」

「実に興味深い。非常に興味深いね。しこたま興味深い」

「しこたま?」

その後、トキオは三十分ほど雑談してから帰っていた。駅まで送ろうかと言ったが、バイトの関係で他に寄るところがあるとのことだった。

曽我部は事務所のドアにもたれかかって遠ざかっていく九竜トキオを見送った。

トキオは一見どこにでもいるごく普通の青年だが、実は『重複存在(ダブルウェア)』と呼ばれる特殊な体質の持ち主だ。電脳世界に完全になじみ、生身のままでアクセスすることができる能力。リアルデジタライズの理論を唯一実践できる貴重な人材。しかし天城丈太郎が研究の場からリタイアし彼のコピーAIガイストが消えると、トキオを電脳世界に直接送り込む技術は永遠に失われた。

だが彼の真価はそのようなところにあるのではないと曽我部は思った。あの青年にはどこか人を安心させるところがある。天城彩花は聡明すぎる知性の反面感情に不安定さを孕み、そこをガイストにつけ込まれ、結果としてイモータルダスク事件を引き起こした。しかし九竜トキオと一緒にいる限り彼女はもう問題ないだろう。

曽我部は上着のポケットの上から淀川清輝の携帯端末に触った。

問題があるのは、むしろこっち――そして、これからだ。

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